「ああ、よくおいでになりましたね。思ったより早かったですね」
佐々木さんがドアの方を見て柔らかく微笑んだので、つられるようにそちらを見た。
「…っ!」
ずっと分からなかった。
マークから逃げないようにするためにあたしを必要以上に外に出さないようにしたはずだ。
それが今日は何故、あたしをBARの手伝いをすることになったのか。
夜の街、ロンスタンダード街の近くにあるとはいえ、出ようと思えば1人でいつでも人の目を盗んで出て行くことが出来る。
今なら分かる。
貴方の趣味なら、ちゃんと知っているから。
『君がレストランでもなんでもやってたら、僕絶対に毎日君に会いに行く自信がある』
「和佳菜、久しぶり」
ああ、なんで。
ここは日本よ。
全身から力が抜けてしまう。
この高いグラスを落としてしまいそうになるのを懸命に堪えるだけで精一杯。
立つことも忘れて、ストンと地面に腰を落とした。
「どうして……」
「置いていってごめんね。どんなに謝ったってきっと足りないんだろうけど、ごめんね」
…言い訳とかすればいいのに。
そうしたなら、あたしは貴方を容赦なく責められることも出来る。
もう会いたくないという理由も出来る。
だけど貴方はなにも言わない。
言い訳も、自分を取り繕うこともなにもしない。
替わりにあたしを拾い上げて、優しく包む込むようにハグをした。