「そんなわけないし」


そう言おうとした未来の口は動かなかった。
代わりに、涙がボロボロ頬を伝う。


藍は何も言わなかった。


「ママ…最近帰ってこない」


「有里華さん自由だもんな」


一度出始めた涙は止まらなかった。



「藍」


「なんだ」


「ばか」


「おう」


「藍」


「鼻かめ」


ソファーに座ったまま泣く未来の頭を、
藍は軽く小突いた。


「藍」


「なんだ」


「藍」


「…今日はもう寝ろよ」



藍はソファーから立ち上がると、未来の腕を掴んで立たせた。


「寝るぞ」


「うん」


「俺帰るぞ」


「うん」


リビングから暗いままの自室に入り、未来はベッドに横になる。開いた扉から廊下の灯りが差し込んでいた。


「藍」


「なんだよ」


藍は未来の部屋の床に座ってスマホを開いていた。未来に背を向けて座っているので顔の表情は見えなかった。


「藍」


未来が藍の背中に声をかけても、藍は返事をしなかった。


藍がスマートフォンの画面を閉じると部屋は扉から差し込む廊下の灯りだけになる。


立ち上がった藍が未来の方を向く。
顔の表情は見えなかった。


「廊下の電気消すぞ」


「うん」


そして部屋は暗闇になった。