「はー、疲れた」

帰宅ラッシュで込み合った電車を最寄り駅で降りて、ため息を吐く。

入社して数年目、仕事は慣れてきたけど朝夜の満員電車はどうにも慣れない。

一日中せわしないうえにどこに行っても人に囲まれた後だと、ゆっくり過ごしたくなる。

もう一度深く息を吐き出して、どこからともなく蝉の鳴き声が聞こえてくる中、とぼとぼと足を進めた。

「コンビニでいっか」

帰って夕飯を作る体力は残っていない。何を買おうかな、と候補を挙げながら歩いていると。

「……あれ?」

今まで空き家だった場所に、お店がオープンしていた。アンティーク調の外見で、とてもお洒落だ。

これまた凝ったデザインのドアプレートには『オープン』と刻まれていて。

ドアのそばに立てかけられているコルクボードには筆記体でメニューらしきものが書いてある。

読めないけど、絵的にバーっぽい。

「どうしようかな」

隠れ家っぽい雰囲気に惹かれて、入ろうか迷う。

「いらっしゃいませ」

「わっ」

後ろから声をかけられ振り向くと、お店の人らしきギャルソンを着こなしたおじさんが立っていた。