きっと余裕のある大人なら『ありがとうございます』くらい笑顔で言えるのかもしれない。
「でも、そうか。それで最近浮かない顔してなんだな」
「すみません、自分では顔に出してるつもりなかったんですけど。気をつけます」
「謝らなくていいし、ため込む前に相談すること」
「はい、そうします」
抱きしめられた瞬間は本当にびっくりしたけど、この包み込まれるような感覚は好きだ。
もし相手が成宮さんだったら、間違いなく心臓が止まる。
一刻も早く解放してって思うかも。
「もし和花菜が大丈夫なら、来週あたり飲みに行かないか?」
「来週ですか?」
「ああ。その頃には案件も落ち着くし、どう?」
特に断る理由もないし、予定も空いてる。
「大丈夫です。ぜひ行きましょう」
「決まり。まだこのままでいたいけど……そろそろ仕事に戻りますか」
名残惜しそうにもう一度短く抱きしめてから、私を腕の中から解放した。
ぬくもりが離れていく。
「もうひと頑張りです!戻ったらコーヒー淹れますね」
「それ飲みながら頑張るか、清水」
休憩終了の合図のように、呼び方が苗字に変わった。私も切り替えないと。
抱きしめられてドキドキしていた心臓を落ち着かせて、会議室をあとにした。


