治憲には、国元に1人側室がいる。

藩主たるもの世継ぎを残さねばならず、周りに押し切られて止むを得ず娶った側室だ。


幸姫を知る者は、通常の夫婦生活を営めない治憲を不憫に思うだろう。

世継ぎを望むべくもない。

事実、数日前にも側近に江戸屋敷にも側室を置くよう勧められたところだった。


「とんでもないことだ。
あの方は天女だ。
天女がいるこの江戸で、他の女人に触れたりなどできるものか。
私は生涯、あの方をお守りすると心にかたく誓ったのだから、あの方を悲しませるようなことは絶対にできない」

そう言い切った治憲の目は澄んでいた。


おそらく、この江戸屋敷に治憲が側室を持ったとしても、幸姫にはその意味が理解出来ないだろう。

理解出来ない幸姫が、傷ついたり悲しんだりすることはないのかもしれない。

でも…。


皆、知らないのだ。

私がどれだけ彼女を深く愛しているのかを。

どれだけ彼女に癒されているのかを。



他藩から養子に入った藩主というだけでも疎まれていたのに、財政逼迫した藩の立て直し、民の為に質素倹約を貫く治憲は、頭の固い重役連中からことごとく反発されていた。

心身ともに疲れ切っていく治憲にとって、ただ純粋に自分を慕ってくれる幸姫の存在はまさに『癒し』であって、ただそこに居てくれればいい存在だったのだ。


それに、彼女を見るがいい。

あの顔が幼女なものか。

治憲の訪れを喜んで頬を染める様も、離れるのは嫌だと泣き崩れる姿も、恋する女性以外の何者でもないではないか。