次にその口から発せられた声は小さくて、耳を済ましていなければ聞こえなかったかもしれない。少し掠れたような声が私の名前を呼んだ。

「七月雪菜…俺は君に物語を紐解いて欲しいだけだよ。七月颯太は俺が最も尊敬する作家だ。その最後の作品に込められたメッセージを知りたい」

「は?」

「最後の作品だけ現実味がある。これは綺麗なお話が売りの作家が残した暗号だ」

確かに私も疑問に思っていたことだ。だけど、お兄ちゃんの描く世界に文句なんて言われたくない。それもこんなよく知らない人に。

「でも…お兄ちゃんだって、描きたいもの書いただけかもしれないじゃない」

「なぁ、周りと上手くやってるけど人間嫌いで、物語の世界が大好きな女の子って誰だと思う?」

「…私」

「じゃぁ、図書室の先生の孫で人を好きになれるけど、テキトーに生きてる男の子」

「あなた?」

「わかった?これは俺たちに当てたメッセージ」

村越は太陽を背にして空を仰いだ。
太陽の光が後ろから差し込む様はなんだか神々しく、美しく見えた。

でもなんでそんなことが起きたの?
お兄ちゃんが私たちの行動を予測してた…?

そんなことが本当に有り得るのだろうか?
そもそも、そこまで正確に人物を描けるなら…

「どうしてお兄ちゃんのお話にあなたが出てくるの?」

「…俺のじーちゃん去年死んだんだ。肺がんで病院に入院してた。お前の兄貴とおんなじとこ」

「え…」

「そこでお前の兄貴に会った。颯太言ってたんだ。自分の小説は全部妹のために描いた世界だって。だから最後は教えてあげなきゃいけない、世界は希望に溢れてるんだよって」

「お兄ちゃんが?」

村越の方がお兄ちゃんに詳しいみたいなのが癪だ。
でも、確かにそれはお兄ちゃんの言葉なのだろう。

「世界は希望に溢れてる」という言葉はお兄ちゃんの口癖みたいなものだったから。

「そ。んで、俺に最後の課題は難しいから手伝ってやれって言ってきたわけ。颯太の物語を再現すれば、お前は答えを見つけられるかもしれない。俺も、颯太のメッセージを知りたい」

「課題…」

希望…ことある度にそう言っていた。

お兄ちゃんが見ていた世界を知ることができるのなら、なんだってできると思った。

お兄ちゃんが残したものを、お兄ちゃんが秘密を明かした人と一緒に紐解こう。

きっとそれがお兄ちゃんの残したヒントなのだ。
私が、最後のメッセージを知るための…。

私は村越に手を伸ばした。

「教えて、お兄ちゃんが伝えたかったこと。私だけじゃあの物語を紐解くことはできない。だから、力を貸して」

「任せとけ。それじゃあ、よろしく」

ニッと歯を見せて笑いながら、村越も私の手を握り返した。

これで契約成立。
私たちは共にミッションをこなすことになった。