touch.3  知っていたのに

「拓真さん。どうぞ。」

いかにも!というセリフで、私は担当医に呼ばれた。

歩くことさえ億劫な左足を、ズルズル音を立て引きずり歩く。

そこは西陽が遮られた空間、息を飲んで足を踏み入れると
驚くほどの寒気が背筋を駆け抜けた。

私は、決められた事のように少し黒光りした椅子に座る。

「拓真さんを担当する東方と言います。これから一緒に頑張っていこうね。」

「これから…?」

(なんで?これから…?)

その疑問の答えは解かれないまま、話をそらす東方先生。

「ご両親が仕事の都合上別居しているそうですね?」

東方先生は確かめるように、眼鏡の隙間から私を見つめる。

「はい?そうですが。」

東方先生は、何を言いたいのだろう。

「連絡申しあげましたが来られないとの事で…

あぁ、またそんなことか。

私は怒ることも寂しがることもなく答えた。

「いつものことです。」

だって、小学生の頃から授業参観や運動会…
行事など来たことない両親なのだから。

「ねぇねぇ!お母さん、お父さん!来れるの?」

幼い私は、キラキラと星が降る空のように目を輝かせていた。

「せっかく大樹が頑張るんだもの。」 

そう言って穏やかに笑うお母さんが次第に嫌いになっていった。

今回こそはって期待させられるからだ。

「今日は、お仕事行かなくちゃいけなくなったのごめんね?」

その言葉は、あまりにもたやすく口から出る。

(大丈夫大丈夫。)

そう必死に私自身に言い聞かせて、静かに頷いてきた。

けれど私だって一人の子供で。

一度だけ駄々をこねた事がある。

美術作品のポスターが全国入選して、学校で行事が催された時だった。

少しでいいから構ってほしくて。

褒めてもらいたくて、寝る間も惜しんで自分を磨いてきた。

それなのに…。

「今日だけは来てほしい。」

生まれて初め口にした、わがまま。

喉が張り付くような窒息するような感覚だった。

結局来ることは、なかったけど。

たった一度だけ家族が揃った私の誕生日。

プレゼントの腕時計は、ずっと大切にしてるよ。

一度だって手放してないよ。

たとえ今…動いてないとしても。