突然、教室のドアがガラリと開き、一人の男子生徒が飛び込んで来た。
 教室中の視線が、一斉にその男子生徒に注がれた。
「……」
 水を打ったように静まり返った教室内を、彼は少し不安そうに見回している。 彼のそんな様子から見ても、上級生ではない。第一、彼の黒い詰め襟の学生服は、全体的に少し大き目で、真新しい感じが見て取れた。
(入学式にはいなかったから、遅刻かな。)
「……おっは~…」 ぎこちなく笑ったその顔は、うっすらと赤らんでいて、彼が緊張しているのがわかった。
「亮祐、遅刻か?」 知り合いらしい一人の男子生徒が、彼に声をかけると、ほっとしたように頷いて笑った。
「ああ、緊張して眠れなくてさ~」
 その輪の中に入るために、私の横を通り過ぎた時だった。「…きゃ…!」
 背負った鞄のファスナーがあいていたらしく、背中から下ろしながら、歩いたその拍子に、私の周りに中身がバラバラとこぼれ落ちてしまった。
 それは、子供が好むようなお菓子の類で、小さなチョコレートやガムや飴玉の他にもスナック菓子の大きな袋も半分鞄から飛びだしている。
「ゴメン!!」
 あわて床に散らばったお菓子をかき集める様子に、そばにいた女子たちも気遣って手伝ってくれた。
 最後に私の膝に残った一つを差し出すと、彼は笑って言った。
「お詫びにやるよ、えっと…」
「藤原。藤原葵だよ」
「ゴメンね、藤原さん」
 彼はまたにっこり笑って、待たせてしまった友人たちの輪へ歩き出した。
「びっくりしたね~。藤原さん」
「あ、うん。でも飴もらっちゃってラッキーかも」
「あはは」
 こっちおいで、と手招きされて、女子の輪の中に入る。
 中学の話をしながら、手の中の雨をぎゅっと握りしめた。
 別に彼は意図した訳じゃないけど、結果として、私がクラスメイトと気軽に話せるきっかけを作ってくれたのだ。
 一目惚れというのは、こういうのを言うのかな。
 あとで見ると、飴はピンク色の包みがかわいいさくらんぼ味だった。
 どきどきしながら食べた飴は、甘くてすっぱくて。恋にときめく私の、お気に入りになった。