「…」

「…。」


放課後になり、静かになった教室にはパチン、パチンとホチキスの音だけが響いた。

先生からくだされたペナルティは、次の会議で使うらしい資料のホチキスどめ。


チラ、と目の前で作業をする桐山に目を向けると……

まあ、ご立腹なご様子で。


「あの…」

「あぁ?」

「…怒ってる?」


そう、なるべく可愛く。

目の前の猛獣はご機嫌ナナメ。

刺激しないよう可愛らしく愛らしく、小首を傾げて聞いてみる。


そんな私をじぃっと睨んだまま何も喋らない桐山。

…や、ほんとすいません、なんか言ってください。

私、こんなことして恥ずかしくなってきちゃうじゃん。


「…怒ってる」


頬杖をついたままホチキスを置き、そっぽをむく桐山。


「す、すいません。ごめんなさい。」

「無理。ぜってぇ許さねえ」


即答。

考える素振りもなく、即答。


桐山がいつも私にかまちょしてくるからか、こうしてちょっと冷たくされるだけですごく不安になる。


「も、もう寝ないよ?」

「へぇ」

「た、叩かないし」

「馬鹿力。」

「〜〜〜もうっ、ごめんってば!」


桐山ってほんとに意地悪だ。

さっきまではほんとに怒ってるって思ってたけど、

今は瞳の奥に挑発的な色が見える。


つまり、遊ばれてる。


「…どうしたらいいの」

「なんかしてくれんの?」


口の端をあげて、前のめりになった桐山。


「できる範囲でだからね。」

「じゃあ、カバのマネしたあとに3回回ってワン」

「は?!」


予想外の答えに思わず声が上がる。

桐山はうるせー。なんて言ってるけどうるさくもなるっての。

てっきりジュース買ってこいだの肩揉めだのかと思ったのに、まさかのモノマネ系。


あぁ、恥を捨てるしかないのか。

カバってなんて鳴くんだっけ?

ボワーンとか?そもそもカバって鳴くの?え?レベル高くない?


ぐるぐると目を回していると、ぶはっ、と吹き出す声が聞こえた。


「くっ、冗談。」


手の甲を口元にもっていって、楽しそうに笑う。

何がそんなに面白かったのかお腹まで抱えだした。


「は?!ねぇ最低!!」


あんまり桐山が笑うから、私の声も大きくなる。

最低なんて本気で言ってるわけじゃないけどさ。


桐山とのこういうやりとりは、割と嫌いじゃないんだ。

最初は本気でむかついても、結局楽しくなるんだよね。


未だに笑う桐山に、しつこい!って思わず立ち上がって腕を振り上げるも、

いとも簡単に腕を掴まれてしまう。


「はー、笑った。おまえ真剣にカバのこと考えすぎ」

「あんたが言ったんでしょっ!」

「はいはい、そーでした。で、なんでもお願いきくんだよな?」


”なんでも”って付け足されてる気がするし、それは冗談じゃないのかよって思いながらも相槌をうつ。



掴まれてた腕を引かれて、ぐん、と桐山との距離が近くなる。

「え、ちょ…」


普段こんなに近くから顔を見ることがなくて、不覚にもドキドキしてしまう。

ああ、顔が良いのがまたムカつく。


陽の光が当たって茶色くなった瞳から、目が離せなくなる。


顔に熱が集まるのを感じていると、桐山の手がそっと私の頬に触れた。