心をなくした女神

「飛び降りないわよ」




後ろを振り返り目が合うと、彼は怖い顔をして睨んできた。




「お前…この野郎」




深くため息をついて彼は体の力を抜いていた。

ヒヤヒヤしてたのか、額には汗が滲んでいる。

彼も同じく軽々と柵をとびこえて、私の隣に座った。




「お願い約束して。もう関わらないで」




自分の足元を見てるから、彼が今どんな顔をしているのかは分からない。

ただ、黙っていた。

私たちの間を、冷たい風が通り抜ける。




「伊吹って呼んでもいい?」

「私の話聞いてた?」




話が逸れたことで、私は彼のほうに目線をやる。

ほっとしたような、気の抜けた表情だった。




「ずっと羨ましかった、自由で」

「自由じゃないの?」




私は伸ばした足をあぐらに変え、後ろに手をついた。




「ほら、俺って人気者じゃん?」

「…」

「ごめん調子乗ったわ」




表情とセリフが合っていない。

無理して話しているのがすぐに分かった。




「俺なんか理想の押しつけで生きてるだけ。本当はまっすぐ帰りたいし好きなとこ行きたいけど、付き合いってあるでしょ?言いたいこと言えていいな」




人気者は苦労してるのか。

贅沢な悩みだと思ってしまう人もいるのかもしれない。

だけど私は共感できる気がした。




「人形だとか思ってないよ。伊吹は伊吹でしょ」




そんなこと初めて言われた。

他の人とは違う、何かが彼にはある。




「姫、何してんだよ」




その時、私たちの後ろから声がした。

振り向くと、3年生の緑のネクタイがつけてあった。