だいたい50回目に本を買いに行ったとき、
50週目だから、本を買い始めて1年くらいか。

おれは偶然本屋であいつを見かけた。

おれの心臓は熱く、
手足や顔は冷えたガラスのように冷たくなった。

あいつはおれを見つけ、話しかけてきた。
まるで久しぶりにあった同級生のように。

「久しぶりじゃない。まさか本屋で会うなんてね」

おれは、情けねぇことだがおれは、
何も話すことができなかった。

「あなた、哲学書なんて読んでるの?
あんなにも本が嫌いだったのに?
人って変わるね。
そりゃあ私もおばさんになるわけね」

そういうあいつは、確かに年を取った気がした。
でも、それはおばさんになったってわけじゃない。
でも、確かに何かが変わっていた。
でも、そんなことはもうおれには関係なくて……

「ねぇ、久しぶりじゃない。
今もあの家に住んでいるの?」

おれは声を振り絞った。

「お前はどこに住んでいるんだ?」

「私は今、実家に帰っているの。
ほら、となりの県の岬の端よ。
あの辺りには大きな本屋が無いからね。
今も時々、こっちに本を買いに来るの」

ああ、あそこにあいつの実家があったんだ。
あの辺りももちろん歩いたよ。
でも、あいつとは会えなかったな。
でも、今はこうしてあいつと会えてる。
これは運命……

「じゃ、私、人と一緒だから」

そう言って彼女はきびすを返した。

おれは「さよなら」を言うことができなかった。

「またな」と言うこともできなかった。

ただ、何も言えずに立ち尽くしていた。

そしておれは確信した。
やっぱりおれの生活にとって、
つまりはおれの人生にとって、
あいつは必要な人間なんだ。

あいつがおれのもとに帰ってきたとき、
おれの幸せも帰ってくるんだ。