偶然だった。
運命だった。

あいつとよく行っていた喫茶店。
あいつは何時間も本を読んで、
それをおれは何もせずに待っていたあの店。

その店の前を通ったときに、
マスターと顔を合わせたんだ。

マスターは店の入り口を塞ぐように、
門の間に仁王立ちして、
所在なげにタバコを吸ってた。

目の前を通り過ぎようとしたおれに、
マスターが突然声をかけたんだ。

「新しい彼女はできたのかい」

おれはとても不愉快になった。
だれにもあいつとのことを話したくなかった。
いや、本当は、だれかに何かを
話したかったのかも知れないけれど。

「何のことだよ」

そう言ったおれを見て、
マスターはいつもの笑い顔をした。

「彼女、ときどき一人でくるけど」

おれの目が回る。
頭上から自分を見ているような。
足元から自分を見ているような。

なんでおれはこんなにも驚いているのか、
何におれは驚いているのか。

「彼女からは別れたって聞いたけど」

マスターは、そんなおれの動揺に
気付いているのか、いないのか、
笑いながら、言葉を繋げた。

おれは黙って店に入った。