「凛を抱くのは、今じゃダメなのかい?」

ハンドルに腕をかけたまま、樹さんは色っぽい眼差しを私に向けた。

目があってドキドキしながらまた正面を向く。

「はい、ダメなんです」

「どうして?」

「それは、私がまだなりたい自分になれてないから」

「なりたい自分にならないとどうしてダメなんだ?」

「それは、私が樹さんにふさわしくないからです」

「そんなことない。今でも十分君は素敵だよ」

「でも、私が嫌なんです。今の自分のままだったらちゃんと恋はできない」

「ちゃんと恋できない、か。まっすぐで真面目な凛らしいな」

樹さんは断念したように笑うと、前髪をかき上げそのまま運転席にもたれた。

「自分で選んだ道をきちんと歩いて、自分の前に立ちふさがる壁を全て破れた時、本当の私になれると思うから。本当の私を樹さんには愛してほしいんです」

そう言い終わった瞬間、彼は私を抱きしめた。

温かくてやわらかくて優しいぬくもりに包まれる。

「僕こそ、まだ凛にふさわしくないかもしれない。こんなにも純真な君を簡単に自分のものにしようだなんて。凛の気持ちはよくわかったよ。僕もその日が来るまで自分をしっかり見つめて、凛にとってもっとふさわしい男になる」

「樹さんはもう十分です。これ以上素敵になっちゃったら、私が追い付けなくてどんどんその日が伸びちゃいます」

「その時はもう待ってられないかもしれないな」

彼はくすっと笑うと、そっと唇を重ねた。

……大好き。

彼の背中をぎゅっと抱きしめる。

その日から私の新しい一歩が始まった。