そして、拒む間もなく軽く唇を合わせてきた。

「嫌い?」

「も、もう!」

彼の胸に軽くげんこつを当てる。

「僕はそんな凛も大好きだよ」

そして再び唇を塞がれる。
今度は甘くてとろけてしまうような、好きっていう気持ちが互いに届くくらいの長いキス。

私も大好き。

長いキスをしていたら、ようやく酔いがましになったのかぷーすけが船内から出てきて私たちに「キャン!」と吠えた。

慌てて唇を離し、そんなぷーすけを確認した私たちは顔を見合わせて笑った。

幸せ。

この幸せがいつまでも続きますように。

膝の上に乗ってきたぷーすけを撫でながら、彼の肩に頭をくっつける。

しばらく水平線を眺めながらたわいもない話をして過ごした。

そして、時間が来たので鍋島さんの待つ港へ向かった。

港に到着するまでは信じられないくらい幸せだった。

のに……。


********

船は順調に航海し、夕方五時過ぎには港に到着した。

鍋島さんが真っ黒な顔に白い歯を見せてこちらに手を振っている。

「おかえりー。いい船旅だったかい?」

「ほんと、今回は助かったよ。ありがとう」

樹さんは鍋島さんの肩を叩いて笑った。

「広瀬さんは、楽しかったかい?」

二ッと口角を横に広げて尋ねられる。

「はい、とっても」

「ならよかった。またいつでも二人で乗りにきなよ」

私たちは鍋島さんに礼を言い、駐車場へ向かった。

その時、ズボンの後ろのポケットに入れていたスマホが震えているのに気づく。

ポケットから取り出して見ると、母からの着信だった。

樹さんに「ちょっとごめんなさい」と断りを入れ、電話に出る。

『凛?あなた一体どこにいるの?』

つんざくような母の声が耳に響いた。

「え?」

『最近様子がおかしいから、昨日、今日とあなたの家に来たんだけど、管理人さんに聞いたらずっと留守してるみたいじゃない。一体どういうこと?』

血の気がスーッとひいていき、視界がクラっとゆがむ。

母に、私が家にいないことがばれてしまった。

樹さんが心配そうに私を見つめてる。

どうしよう……。

神様は、簡単に私を幸せにしてくれないみたいだ。