ヴィンセントもそれくらいは想像できたが、それ以上のことは情けないながら考えてなかった。

 殴られることを覚悟していても更に窮地に追い詰められる。

 リチャードの言葉で甘かったと心の底から自分の情けなさを痛感してしまった。

「お前はもうここから出て行け。どこか遠くで一人で生活しろ。ここへ戻ることもベアトリスに会うことも許さない」

 許されるはずはないと思ったが、謝る隙も与えられず、リチャードの言葉の重みを真摯に受け止めた。

 反省してるとはいえ、リチャードの条件は素直に受け入れられないでいた。

 自分がやってきた数々の行動を今一度恥じる。

 そしてプライドも捨て、恥をさらけ出しよつんばになって土下座するような形で必死に慈悲を求める。

「親父、聞いてくれ、俺が悪いのは百も承知だ。だがもう一度だけチャンスをくれ。俺、心入れなおす。二度とこんなことはしないと誓う。親父にも逆らわない。だからだから……」

 ヴィンセントの声は震え、腹の底から救いを求める。

 リチャードは暫く黙り込み、殴り足らない拳を無理に引っこめて、ヴィンセントを冷静に見つめようとしていた。

 息子が素直に謝るのは初めてのことであり、また必死に自分にすがりつく態度も見た事はなかった。

 ヴィンセントはもう一度真剣な眼差しでリチャードに訴える。

 その瞳の色は真実を映し出す鏡のように曇りは一切なかった。

「親父、すまない。俺本当に反省してるんだ。今日…… 」

 大事なことを伝えなければならなかったが、ヴィンセントの話の腰を折るように携帯電話の呼び出し音がリチャードの背広の内ポケットから聞こえてきた。

 リチャードはまだ冷静に人と話せる気分ではなかった。暫く呼び出し音が部屋に響く。その間ヴィンセントは何も話せなくなった。

「親父、先にその電話取ってくれないか。それじゃないと落ち着いて話せない」

 リチャードは大きく息を吐いて、電話を懐から取り出した。そして掛かってきた番号をディスプレイで見るなり血の気が引き、すぐに通話ボタンを押した。

「ハロー、リチャードだ。ハロー」

 相手からの声が聞こえない。だが音がする。もだえて苦しんでいる声にならない悲鳴。

 リチャードは我慢できずに叫ぶ。

「どうした、アメリア。何が起こってるんだ。アメリア、一体何が」

 リチャードが呼びかけた名前に、ヴィンセントもただ事ではないと反応する。

 リチャードは何度も声を上げてアメリアの名前を呼んでいた。