この日の朝はいつもと変わらない始まりだった。

 アメリアは元気を取り戻し、キビキビと動きながら、テキパキとベアトリスに指示を出す。

 朝起きたばかりで頭が働かないベアトリスには、ついていけなかった。

 朝食は残さず食べろ、歯は奥歯までしっかり磨け、服はこれを着ろ、忘れ物はないか、見知らぬ人に声を掛けられてもついて行くな、道草せずにまっすぐ帰宅しろ、その他云々。

 幼稚園児でもこんなに朝から言われないだろうとベアトリスは呆れ返った。

「今日はサービスでいつもより多く指示しております」

 アメリアの笑みが一杯にこぼれる。

 元気になったとベアトリスに大げさにアピールしてるだけだった。

 アメリアの機転の利かしたジョークで、ベアトリスは大笑いしてしまった。

 元気になったことが嬉しくてベアトリスは思いっきり抱きついていた。

 アメリアはそれとは対照的にベアトリスの見えないところで悲しげな目をして抱きしめた。

 アメリアはこの時、大地を揺るがすくらいの葛藤に襲われていた。

 それを振り切り、迷ってはいけないと自分に必死に言い聞かせる。

 そして仕事へでかけるために玄関に向かった。

 アメリアは外に出る前に一度振り返り、『いってくるわね』と声をかける。

 ダイニングから、ベアトリスが口をもごもごさせて返事をしていた。

 朝食をしっかり食べているのを確認すると、いつも通りだとアメリアは納得する。

 大きく息を吸い込み、そして吐きだした。

 これで元の生活に戻ったと自分に言い聞かせ、バタンとドアを閉めた。

 次は自分の出かける番だと、ベアトリスはトーストを頬張り、アメリア特製のスムージーを大急ぎで飲み干す。

 そしてゲップがでると条件反射で口を押さえていた。

「いやにスムージーの量が多い。分量間違えたのかな」

 アメリアが作ってくれたサンドイッチが入った茶色の紙袋を手に取り、ベアトリスも学校に向かった。

 ヴィンセントに会ったらどんな顔をすればいいのだろう。

 胸にふわふわの綿がつまったような特別な思い、それでいて詰まりすぎて胸が一杯に苦しかった。