「ベアトリス、今はゆっくりお休み。僕が側についていてあげる。そのうち全てが分かるさ。だから安心して今はお眠り。今だけはまだこのままで」

 ヴィンセントはベアトリスを抱きかかえながら倉庫部屋の壁にもたれて座った。
 ヴィンセントがベアトリスの髪をそっと撫ぜる。彼女の瞼は重くなりうつらうつらと夢の世界に引きずり込まれていった。

 無造作に置かれた普段滅多に使われない道具の数々。何も言うことなく部屋一杯に散らばっている。

 それらはこの先使われることなく見捨てられ忘れられるのかもしれない。

 自分達もそうなればどんなに幸せだろうと、ヴィンセントはそれらを見つめながら思う。

 寂莫たる空間でベアトリスの寝息が聞こえてきそうだった。

 ヴィンセントは空虚の瞳でベアトリスをただ見つめる。

 切歯扼腕たる思いがこみ上げ自分を殴りたくなってきた。

「僕はなんてことをしてしまったんだ。君を思うがあまり自分を制御できなかった。僕もまた自分の力に悩む者。そしてこれは君を滅ぼしてしまう黒い力。僕は君に近づいちゃいけなかったんだ。そうなっていたはずだったのに、僕は君に近づく方法を見つけてしまった。僕は本当に弱い男さ」

 短剣で切った手のひらを見つめる。切り口はすっかり閉じ、血も固まり乾いていた。

 血のりと言ったが、正真正銘のヴィンセントの血であった。

 自分の血を捧げることが、ヴィンセントが知る世界では嘘偽りない忠誠の誓いだった。

 ヴィンセントはベアトリスの寝顔を見ながら再度誓った。

「ベアトリスを守る。全てのものを敵にまわしても地獄よりももっと深いところまで落ちようとも」

 ヴィンセントは赤ん坊のように腕にベアトリスを包み込んだ。

 無防備な寝顔は安らぎを与えてくれるが、それ以上に本能をそそられた。

 彼女の唇をじっと見ていると、知らぬうちにベアトリスの顔がまじかに迫っていた。

 ギリギリのところではっとする。

 誘惑に負けまいと上を見上げ、大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。

 先ほどの失態は繰り返すまいと強く肝に銘じながら。