「これって、もしかしてプリンセスかなんかのドレス?」

「着てみたら?」

 ヴィンセントがTシャツの上からベアトリスにすぽっとドレスを被せる。

 ドレスの裾は床まで届き、ジーンズを履いてる足をすっぽりと隠した。

 何年も着てないのか、 古臭く色あせていたが、深みある真紅色のドレスは充分存在感があった。

 ただ試着するだけでも、充分高貴な雰囲気を漂わせていた。

「ちょっと、無理があるって。やだもう、ヴィンセント」

「雰囲気だけだから、それとほら、これ、ウィッグ」

 金髪のロングヘアーのカツラまで被せられる。そして壁にかけてあった大きな鏡の前に突き出された。

「うわー、ベアトリス、似合うよ。お姫様みたい。そしたら僕はこれをつけてと」

 ヴィンセントが黒いマントをばさっと羽織った。

「どうだい、王子様に見えるかい?」

 マントをつけなくても充分王子様でしょうが──と突っ込みたくなるベアトリスだった。

「私には似合わないわ。それにお姫様だなんてガラじゃないし」

 さっとウィッグを取ったときだった。鏡に映った自分の髪がいつもと違っていた。前日のあの箒頭じゃなく、髪の色が明るくなっていた。

 困惑しながらベタベタと鏡を見て髪を触っていると、ヴィンセントが後ろでお辞儀している姿が映っていた。

「ベアトリス姫、僕と踊って貰えませんか」

「へっ?」

 ヴィンセントはクスクスと笑いながら、すっとベアトリスの片手を取る。腰に彼の手がまわりこみ強引なダンスが始まった。

「ちょっと、ヴィンセント、私踊れないし、それにこんな格好で恥ずかしい」

「リラックスするんだ。ほらもう一度鏡を見て。今君はお姫様。光り輝く宮殿に沢山の家来を従う王国のお姫様。赤いドレスに身を纏い、威厳をもって群集の前に立つ。そして誰もが君にひざまつく。ほら、想像してごらん。君はお姫様なんだよ」

 静かに心地よい声でヴィンセントが耳元で囁く。まるで魔力を帯びた呪文のようにベアトリスに振り掛ける。

 不思議なことにベアトリスの体から余計な力が取り除かれていった。

 大地から芽が出るような新たな生命力が突然心に宿り、心地よい爽やかな風がベアトリスの体の中を駆け抜けぬけていく。

 徐々に自分を包んでいたものが取り払われ、最後はむき出しになって解放されていくようだった。

 その時、ヴィンセントは後ろにさがり、マントを翻して突然跪き、お辞儀した。