人通りが全くない静かな廊下。

 ヴィンセントに後ろから押されるままに足をただ動かしてたが、生徒が周りに一人も居ないことに疑問を抱き、ベアトリスは辺りを見回した。

「ちょ、ちょっと待って、ヴィンセント。次のクラスはここなの?」

 ベアトリスは後ろから肩を掴まれていたヴィンセントの手をするりと抜け、彼の真正面に踏ん張って立った。何度も近くで見るヴィンセントに、気を許すと海からでたクラゲのように骨抜きになりそうだ。

「ん?」

 ヴィンセントは一度首を傾げながらも、その後ニコッと笑顔を見せることは忘れなかった。

 笑顔が眩しすぎるヴィンセントにベアトリスはくらっとしてしまいのぼせ上がる。

 しかし我に返って、しっかりしろと首を横にふった。

「あの、その、上手く言えないんだけど、なんかいつものヴィンセントと違うみたいなんだけど」

 言い難そうに体も一緒にモジモジとしていた。

「ああ、言いたいことは分かってる。そもそも勘違いしてるのは君の方だよ。といっても今の君じゃ理解してもらえないけど。僕はずっと君とこうやって話せることを願っていたんだ。だから次のクラスはサボった」

「えー! クラスをサボった!? それって私もってこと?」

「そうだよ。一緒にさ」

 ヴィンセントはさらりと言うと、いきなりベアトリスと手をつなぎ、廊下を走り出した。

「ちょ、ちょ、ちょっと…… どこへ行くの?」

 引っ張られるままに一緒に走り出すベアトリス。握られた手からドクドクと血が騒ぐように熱く流れている。

 前を走るヴィンセントの肩幅、広い背中、そして筋肉が浮き上がった腕、どれもどれもドキッとするほど男らしい。

 さらに下へと視線が向くが、黒っぽいジーンズの腰から長くすらっとした足に目を持っていくのが恥ずかしく後ろめたい。慌てて故意に目をそらしてしまった。

 その一瞬の目をそらしたすきに、ヴィンセントが立ち止まった。

 引っ張られて走ってたベアトリスは急に止まれずに、お決まりのように前につんのめりバランスを崩してしまう。

 しかし、それを計算したかのようにヴィンセントはしっかりと抱きとめていた。ドキドキがまた止まらない。

「ご、ごめんなさい。なんかヴィンセントに受け止められてばかりだね。私ドキドキしすぎて、心臓いくつあっても足りない…… あっ、その、つまり、あの」

 つい本音がでてしまったベアトリスの反応が楽しくて、ヴィンセントもまたウキウキした気持ちを恥ずかしげもなく素直にさらけ出して、陽気に笑ってしまう。

「君を受け止められるなんて、こんな光栄なことはないよ。君が望むなら、お姫様のように抱っこしてもいいくらいだ」

「ええ、それはやだ」

「あれ、どうして?」

「だって、私重いもん。そんなことしたらヴィンセント腕折れちゃうか、ぎっくり腰になるんだから」

 まじめな顔してベアトリスがいうとヴィンセントはさらに高らかに笑い出した。