ベアトリスの声でアメリアは覚悟を決めて通話ボタンを押す。

 静かな部屋に、アメリアと相手の会話が始まり、時折電話から男性の声がもれてきていた。

「そうだったの。わかったわ…… そうよ、《《誰かさん》》のせいでね、あなたが思ってる通りの事態なの。癪だけど仕方がない。あなたと《《もう一人の方》》に助けて貰わないとやっていけない。だからよろしく頼むわ。今回は特別ということで」

 アメリアがつっけんどんに要件だけ言うと電話を切った。大きくため息を一つ吐く。

「アメリア、大丈夫? 誰から? 何かあったの?」

「ベアトリス、あなたは何も心配いらない。これは私の仕事のこと。でも、私が元気になるまで、一人でちゃんとできる? あまり無茶をしないで欲しいの。例えば、何か変わったことがあったとしても羽目を外さないで欲しいの。あなたに何かあったら私は……」

 アメリアの言葉を最後まで聞かないでベアトリスは口を挟んだ。

「大げさね。私も、もう子供じゃないのよ。本当ならなんでも自分でやらなければならないんだから。それにそんなに心配することなんてないわ。ほんとに過保護なんだから。もうそろそろ私を自由にしてもいいときじゃないの?」

 ベアトリスはリラックスさせようと冗談のつもりだった。笑いも交えて軽い気持ちは誰の目にも分かるほど厭味でもなんでもなかった。だが、アメリアの目は揺らいだ水面のように潤っていた。次第に溢れて頬に沿ってこぼれてしまう。

「ベアトリス、私は……」

 アメリアが何かを主張したそうに取り乱す。

 だがその後の言葉が封印されたように出てこない。

「アメリア、落ち着いて。私、責めたわけじゃないのよ。アメリアにはとても感謝してるし、母親以上に大切にされてるって分かってるのよ。これ以上アメリアに負担を掛けたくなくて、私もそろそろ自分で出来ることは自分でした方がいいと思って」

「違うの、ベアトリス。違うのよ。でもいつかきっとわかる。だから、これだけは覚えていて欲しいの。私もベアトリスを愛してるってことを。あなたが私を憎もうとこれだけは変わらない」

 いつになく弱気になっていたアメリアは、溢れる自分の感情を抑えきれないと、ベアトリスを強く抱きしめた。

「アメリア、どうしたの。とにかく疲れて情緒不安定になってるのよ。弱ったアメリアなんて嫌だわ。やっぱりいつものアメリアでないと。だからゆっくり休んで。私が何でもするから」

 ベアトリスが強く抱き返し多少落ち着きを取り戻すも、アメリアまだ焦点を合わせずどこか遠くを見つめていた。

 一人にした方がいいと思い、ベアトリスはそっと部屋を出る。

 アメリアの病気に全てのこの日起こった事柄が、吹き飛ばされる思いだった。