男の声だ。

 そうとわかるだけで何を言っているのかまではわからない。

 電話から洩れた声かもしれないと思うと、ノックする手を下ろし、一旦その場を去った。

 ベアトリスは部屋のベッドに腰掛け、電話の相手の事を考えてみた。

 アメリアに恋人がいても不思議ではない。

 自分が原因で結婚したくてもできないのかもしれないという気持ちは常に感じているし、もしかしたら疲れきっているのも恋人と何かあってのことなのかもしれない。

 ベアトリスはあれやこれやと詮索しながら、気がついたら手で持っていたサンドイッチにかぶりついていた。

 はっとしたが、他に処分する方法が思いつかず、全部食べきってしまった。

「さて、ウォーキングに行って消化するか」

 ベアトリスはアメリアの部屋の前で、歩きに行くことをドア越しに伝えた。

 だが返事がなかった。

 アメリアの名前を呼んでみたが、それでも返事がない。

 不安になり、ドアを突き破る勢いで開け、部屋を見渡した。

 そしてアメリアがうつぶせに床に倒れてるのを見ると、頭から血の気が引いた。

「嘘、アメリア! やだ、救急車呼ばなくっちゃ」

 ベアトリスがおろおろ取り乱し、部屋中を見渡し電話を探すが、その部屋に電話はなかった。

「えっ、電話がない……でもさっき確かに他の人の声がした」

 ベアトリスがまたこんがらがってしまった。その時弱々しいアメリアの声がした。

「ベアトリス、心配しないで。すぐによくなるから。ちょっと貧血起こしただけ」

「でもアメリア、病院に行った方がいい。アメリアが病気になったところ見たことない」

 アメリアは心配ないと、よろよろと立ち上がる。そしてベッドの淵に腰を掛けた。

「本当に大丈夫。ごめんね、心配かけて。ただ暫くは動けないかもしれない。私、一体どうしたらいいのか」

 泣きそうな声を堪えた声。

 見たこともないしおらしい弱気なアメリアに、ベアトリスは目覚めたように鼻から意気込んだ息が突然出た。

「心配しないで、私がアメリアの看病する。それに今までアメリアにお世話になりっぱなしだった。今こそ自分でなんでもできるって見せなきゃ。うん!」

 一人で興奮していたその時、落ち着けと突っ込まれたかのように、電話の音が小さく鳴り響いた。

「えっ、電話?」

「ベアトリス、そこにある鞄を取ってくれない」

 ベアトリスが床に落ちていたビジネスバッグをアメリアに渡すと、中から携帯電話が出てきた。

 電話はあったが、先ほど話していてすぐに鞄に戻すものだろうかと何か違和感を覚える。

 それよりも、アメリアはディスプレイを見つめながら何かを思案するように、中々電話に出ない事の方が気になった。

「アメリア、電話にでないの?」