「私、偶然書類を見ちゃったんだ。最初はショックと怒りで裏切られた気持ちになったけど、今はそれでもいいかって思ってるんだ。私みたいな何もできない人間にはもったないくらいのいい話だよね。しかもパトリックは私のこと好きでいてくれてとても大切にしてくれる。こんないい条件ほんとないよね」

「ベアトリス……」

「私がここを出たらアメリアも楽になるよね。だから私、パトリックと……」

 ベアトリスが言いかけたことを我慢できず、畳み掛けるようにアメリアは言葉を発した。

「私は、親代わりとして書類を作ってしまった。あれは私にもしものことがあったとき、パトリックが適任だと思ったからなの。あなたの意見を無視してこんなことが許されるなんて本当は思ってないわ。でも私はこれからのことを思うと、これももう一つの方法かもしれないってそう思ったらあの書類を……」

 アメリア自身、矛盾を充分承知した苦しい言い訳だった。

「もう、いいの。アメリアを責めるために言ったんじゃないの。私も気がついたの。ヴィンセントとはすれ違ってばかりで、私が思うほど彼はなんとも思ってないんじゃないかって。そう思うのは辛かったけど、これ以上苦しむのも嫌だった。だから距離を置くことにしたの。そしてもう一つ、きっかけになったことがある。それは私が背負ってるものがあるって気がついたこと」

 アメリアの顔が真っ青になった。

「アメリアもパトリックも何かを隠してるんでしょ。私が知ったら困ること。私が問い詰めたらパトリックはいつか話してくれるって言ったけど、彼のあまりにも真剣な態度でそれを知るのは私には耐えられそうもないって直感で感じたの」

 アメリアはただ驚いていた。

 ベアトリスがここまで知って、自分に話してくるのが恐怖でならない。

 逃げ道がないと追い詰められていくようだった。

 次第に目も赤くなり、涙が溢れ出しそうになってきた。

「アメリアのそんな表情を見てたらやっぱり隠し事があるんだってまた確信しちゃった。よほど私が知っちゃいけないことなんだね。だったら私も知りたくない。このままでいたい」

「ベアトリス、本当にごめん。ごめんなさい」

 アメリアはとうとう泣きだしてしまった。そしてベアトリスを抱きしめた。

「以前なら知りたいって無理にでも聞き出そうとしたかもしれない。だけど私、これ以上何かを抱え込むともう耐えられないんだ。ずっとずっと体に鉛を抱えているような気分なの。だからもう私も聞かないし、私が放棄したんだからアメリアも隠してるからとか罪悪感なんてもたないでね。あっ、こんなことしてたら遅れちゃう。早く準備しなくっちゃ。アメリアも泣いてないで最後まで手伝って」

 アメリアはぎゅっと唇を噛んで落ち着こうとしていた。

 ベアトリスはそれすら目をそらし、もう何も考えないことにした。

 ベアトリスの思考回路は遮断されたように、都合が悪いことだけは排除された。

 そしてどんどん心から感情が消えていく。

 無理に笑うことすらできなくなっていくようだった。