ピュアダーク

 ヴィンセントがもてる限りの力を振り絞り、獣が怒り狂ったような雄叫びを出す。

 右手を前に出した瞬間、エネルギーを吸い取るように、辺りの空間が歪み出 した。

 そこに黒い影が引っ張られていった。

「ベアトリス、今だ、隙間を走り抜けるんだ」

「でも、私……」

 ベアトリスは目の前の出来事に圧倒されて、咄嗟の判断ができなくなっていた。

 ヴィンセントが焦り出す。

 その焦りが一瞬の隙となり、一体の影がベアトリスめがけて飛び込んできた。

 「キャー」と悲鳴を上げ、ベアトリスは咄嗟に避けようとバランスを崩し、床に尻餅をついてしまった。

 頭を抱え恐る恐る前を見たときだった。

 黒い影だったものが、恐ろしい形相の怪物となり、口を開け今にも飲み込もうと襲い掛かった。

「ベアトリス!」

 ヴィンセントが叫んだその時、辺りが真っ赤に染まった。

 もうそこは教室ではなかった。熱く、湿気を含みジメッとした不快感が纏わり付く。

 まるで弾力性のあるゼリーに挟み込まれて押さえつけられているように、体は締め付けられ圧迫を感じた。

 『シュッ』という音とともに風を感じ、目の前にいた怪物は切り裂かれ、ずたずたに影が散らばっていく。

 それが消滅し、視界に遮るものがなくなったその先に、赤い目のキバをむき出すものがそこに立っていた。

 体が怪しげに黒光りし、それがヴィンセントなのかベアトリスにはわからない。

 それは人間の姿とはかけ離れた野獣に見えたからだった。

 そしてその野獣は次々に黒い影を始末していく。

 やがて最後の一体も消え、全てを退治した。

 その野獣はベアトリスに背中を向け、首をうなだれる。

 悔悟の念で肩を震わしていた。

 ベアトリスはゆっくり立ち上がる。

 事の真相を確かめたいが、恐ろしさで声をかけるのを躊躇ってしまった。

「ヴィン……セント……なの? あっ……」

 やっとの思いで声を搾り出したが、この不快な環境で立ちくらみを起こし意識を失った。

 崩れそうになったとき、ヴィンセントが走りより抱きかかえた。

 その姿はベアトリスが見た野獣のままだった。

「ごめん。まさかこんなことになるとは思わなかった。全く浮かれすぎてたよ。本当にごめん」

 ベアトリスを丁寧に床に置き、ヴィンセントは静かにその場を去った。