ベアトリスはゆっくりと目を見開く。

 アメリアはベッドの側に立ち、安堵の表情でベアトリスの頬を撫ぜていた。

「ベアトリス、気がついてよかったわ。痛いところない?」

 頭がぼーっとするのかベアトリスの目の焦点が合っていない。しかし突然思い出したように大きな声で叫んだ。

「ヴィンセント! ヴィンセントはどこ?」

 ベアトリスのヴィンセントを求める声にアメリアは何も答えてやれなかった。

 パトリックも一瞬強張り、ベアトリスに近づくのを躊躇ってしまう。

 それでも、向かい風を受けるように無理に足を前に進ませた。

「ベアトリス。やっとお目覚めかい。本当に心配したよ。僕がついていながら事故に巻き込まれてしまって、守ってやれなくて本当にごめん」

「パトリック……」

「気分はどうなんだ」

「私、何が起こったかわからないの。でも、でも、今どうしても会いたい人が…… その人がここに居るような気がして」

 ベアトリスは立ち上がろうと体を起こした。

「ダメだよ、まだ寝てなくちゃ」

 パトリックは起きられたら困るとでも言うように、辛そうな顔をしてベアトリスの体を軽く押さえた。

「何か夢でも見てたのかい?」

「夢? また夢…… でもとてもリアルだった。その人がずっと側に居たような気がする」

「とにかく、まだ事故に遭って体の調子が戻ってないんだ。ゆっくり休んだ方がいい。何か欲しいものはないかい?」

「ありがとう、パトリック。それから、アメリアも心配かけてごめんね」

 ベアトリスは少し落ち着きをみせて、窓の外を見た。暗い夜がそこにあるだけだった。

 パトリックは、そっと病室を抜け出した。

 ベアトリスが気がついて最初に口にした言葉が、耳から離れない。

 しかしヴィンセントに報告をしなければと、責任感と心の葛藤を両天秤に乗せ常識を重んじた。

 だが、そこにはヴィンセントの姿はなかった。

 パトリックは思わず舌打ちをしてしまった。

 ──あいつ、ベアトリスの声を聞いたんだな。それで安心して帰っちまいやがった。悔しいけど、それだけのことをやってのけたんだから、今日のところは仕方ないとでも言っておこう。しかしこれからは容赦なくお前と勝負だ。僕は絶対に負けない。どんな手を使っても。

 パトリックの心に強い嫉妬が芽生える。

 ヴィンセントがダークライトということで、身分の違いで自分に勝ち目があると信じていたつもりだったが、ベアトリスの心は常にヴィンセントを求めてることを思い知らされた。

 ヴィンセントがあの夏、自分の町に現れなければ、こんなことにならなかったと再び思うと、自棄になったパトリックの瞳は炎で燃え滾るようにギラギラしていた。