ピュアダーク

 ヴィンセントが突然喘ぎながら苦しみだしたのだ。

 咄嗟にベアトリスの手を振り払い、床にうずくまる。

「えっ、ヴィンセント、大丈夫?」

 教室は既に二人を残して空になっていた。助けを呼ぼうにも誰もいない。

 ベアトリスはおろおろするしかなかった。

 ヴィンセントを支えようと彼の肩に手を置いたとき、さらにヴィンセントは悲鳴をあげた。

 咄嗟にベアトリスは手を離し、慄いた。

「ベアトリス、僕から離れろ」

 ヴィンセントは何かを必死に抑えて歯を食いしばり耐えていた。

 そのとき、煩く鳴り響いていた警報装置が突然止まった。

 急に静けさが漂うと、教室に黒い人影が滑るように入ってきた。

「あっ、先生?」

 ベアトリスが顔を上げたそこには、人の姿などなかった。黒い人影のみが、ゆらゆらとたゆたっていた。

 それらがじりじりと近づいてくる。

 そしてまた一体、また一体と、すっとどこからともなくどんどん数が増えていった。

 今度は後ろにも現れ周りをすっかり取り囲まれてしまった。

 ベアトリスは、息を飲み、目を見開く。

 体が震えて、足が思うように動かない。

 ヴィンセントはこの危機をなんとかしようと、足に力を込め、机によりかかりながら必死に立ち上がった。

 前屈みのままベアトリスに背を向け、ふらつきながらも踏ん張った。

「ベアトリス僕が道を作る、だから走れ、早く逃げるんだ」