「ここは、あの夏俺が過ごした場所。そしてベアトリスが住んでいた町。これが、ベアトリスの記憶の中なのか」

 山間に囲まれた静かな町。

 広がる草原に点々と散らばる牛や羊たち。

 充分な距離を取って家が建っている。緩やかな坂を上れば森に入り込み、下りれば小さな下町へと続く。

 ちょうど中間地点のところ、まだ塗装されていない砂利道を少年が一人、両手で紙袋を抱き、元気ない足取りで重く歩いていた。

 ヴィンセントが立ってる前をその少年が素通りしていくと、ヴィンセントは息を飲んだ。

「これは、俺じゃないか」

 ヴィンセントは少年時代の自分を唖然として見ていた。

 小さなヴィンセントは黙々とただ歩いていた。

 小屋の側を通りがかったとき、二人の少年が待ち伏せしてたかのように現れた。

 にやりと意地悪な笑みを浮かべ、片手には小石を宙に投げてはまた掴んでいる。

「よぉ、ダークライト。なんでお前みたいな奴がこの町にいるんだよ。とっとと出て行きやがれ!」

 その少年は持っていた小石を小さいヴィンセントに投げつけた。

 それは命中して頬に当たった。

 小さいヴィンセントの怒りの感情は高まり、目が徐々に赤褐色に染まり出した。

「ちょっと、あんた達、何してるの!」

 誰かの声が聞こえる。叫び声がする方向を振り返ると、透き通るような長い金髪をなびかせた女の子が、ピンクの自転車を必死にこいで走ってきた。

「この子はベアトリスじゃないか」

 ヴィンセントは久しぶりに見る子供の姿のベアトリスに目をぱちくりした。

「やべぇ、ベアトリスだ。あいつノンライトの癖に変な力もってて、ややこしいんだよな。あいつに関わると、ディムライトの俺たちですら叶わないんだよな。 あのパトリックですら、ベアトリスの子分になっちまったし。ここは逃げるが勝ち」

 少年二人はひたすら草原を走って逃げていった。

 ヴィンセントは一部始終を見ながら、唖然とでくの坊のように突っ立って我を忘れていた。

 自転車のブレーキがキーっとなると、ザザーっとタイヤがいくつかの小石を蹴飛ばし自転車は止まった。

 それを無造作に放りだしてベアトリスは小さいヴィンセントに近づいた。

「大丈夫だった? あっ、ほっぺたから血が出てる」

 ベアトリスは背中にしょっていた小さなバックパックを持ち出して、中から絆創膏を取り出した。

 そして小さいヴィンセントの頬に貼ってやった。

 それと同時に赤褐色を帯びた彼の目の色は元に戻っていった。

 小さいヴィンセントも大きいヴィンセントも口をぽかんと開け、同じ表情でベアトリスを見ていた。

「これでよし。私、この町の救急隊よ。困った人や怪我した人が居たらいけないから、いつも持ち歩いてるの。あっ、そうだこれ食べる?」

 飴を一つさし出した。両手を荷物でふさがれてる小さいヴィンセントはどうすることもできなかった。

 ベアトリスははっと気づいて、飴の包み紙を外し無理やり小さいヴィンセントの口の中につっこんだ。

 小さいヴィンセントは片方の頬を膨らませ面食らっていた。

「あなたの心、色がついてるというより、とても真っ暗。何か心配事でもあるの? この町に来たのはその心配事があるからじゃないの? 私、あなたを助けたい。だってあなたの心が助けてって叫んでるよ」

「うるさい、ほっといてくれ」

 小さいヴィンセントはベアトリスを無視して歩き出した。だがしっかりと口の中で飴を転がし味わっていた。

 ──おいっ、もっと素直になれよ。

 大きいヴィンセントは突っ込まずにはいられない。

 そして目的を忘れ、この状況に魅了され、まるでドラマを観るように簡単にのめりこんでいた。