ヴィンセントはまだ走り続けていた。

 必死にベアトリスの名前を呼びながら、闇の中、目を見開き何か手がかりはないか、手を伸ばし触れるものはないか、手当たり次第に探していた。

 どれほどの時間が経ったのか、全く見当がつかない。

「ダメだ、何も得られない。くそ!」

 無駄に動いても無理だと諦め、ヴィンセントは落ち着こうとその場に留まり、目を閉じた。

「目で見て感じられぬのなら、耳だ」

 集中させて、耳を研ぎ澄ます。

 するとそこは無音ではなかった。

 ざわざわと不安に落としいれる闇の音がした。

 耳鳴りのように不快にまとわりついた音にも聞こえ、ヴィンセントはさらにその音を分析する。

 ラジオの周波数がずれてるだけの音に聞こえ、ところどころ、言葉として単語が聞こえてきた。

 聞いた音を拾い、そして繋げて口にする。

「い、かな、いで…… おれ、なん、でもす、るから、やみ、に、のまれ、ちゃだめだ」

 どこかで聞いたことのある台詞だった。

「これは俺があの時ベアトリスに言った言葉。ベアトリスが俺を救おうと俺の心に入り込んで、そして俺が放した闇にベアトリスが飲み込まれそうになったときの必死に叫んだ言葉だ…… わかった! ベアトリスはあの時の記憶を思い出したんだ。そして記憶の闇のバランスが崩れてしまった。その記憶をまず探せば、ベアトリスは見つかるかもしれない」

 ヴィンセントは集中する。

 ラジオのつまみを回し周波数を探し出すように声のする方向を見極める。

 ピタッと合った瞬間目を見開いた。一直線にぶれることなくそこを歩む。

 何度も繰り返される自分自身が発した言葉。

 歩けば歩くほど雑音が減少し、言葉がクリアーになっていく。

 確実に目的の場所へと近づいている手ごたえを感じた。

 そしてヴィンセントもあの時の記憶が蘇り、自分の記憶も一緒に辿る。

 二人が同時に思い出す記憶は徐々に一つになり、暗闇だった空間が懐かしい景色へと突然変貌した。