「ベアトリス!」

 パトリックの悲痛の叫びが轟いたとき、ベアトリスは何が起こったかわからなかった。

 突然ふわりと宙に浮いた感覚を覚え、目に飛び込んだ景色は絵の具が入り乱れあったパレットのように混ざり合ってぐるぐる していた。

 どーんと体が衝撃を感じると、闇にじわりと飲み込まれていくようだった。

 誰かが抱えて名前を呼んでいる。そこには泣きそうな顔をしている人の姿がぼやけて見えた。

 それは実際パトリックだったが、ベアトリスには誰だかわからないほど意識が遠のいていた。

 しかし、そこで記憶がフラッシュした。

 ──あれ、前にもこんなことがあった。

 同じように目に涙を溜めて自分の名前を呼ぶ誰かがそれと重なる。

 ぼんやりとした記憶が見せたその誰かはまだ幼い少年に見えた。

 その顔に見覚えがあると認識したとき、ベアトリスは谷底へすとんと落ちるように意識がなくなった。

 遠くから救急車のサイレンが聞こえ、四つ角交差点辺りに居た人たちは一点を見つめたまま動かなかった。