「おい、勝手に人のもの触るな」

 パトリックは取り返そうと手を伸ばすが、ベアトリスはそれを交わし目の前でじっくりと見つめた。

「これは……」

 それは写真立てだった。

 べそをかいた子供の頃のパトリックが満面の笑顔のベアトリスと手を繋いで一緒に写っていた。

「笑うだろ、その写真。でも僕には一番大切な思い出なんだ」

 華奢な体に、透き通った輝きのある金髪の女の子。

 ベアトリスが自分で思うのも変だったが、それはとても美少女に見えた。

 自分の昔の姿に驚き、軽くショックを受けていた。

 そしてこの頃のことを良く思い出せない。

「やっぱりこれはパトリックと私なの?」

「ああ、そうだよ。この時、君から僕の手をぎゅって強く握ってきたんだよ」

「どうしてパトリックは泣いてるの。もしかして私が泣かしたとか?」

「そうだよ」

「えっ、私何かしたの?」

 ベアトリスは驚き、思い出そうと眉間に皺を寄せ考え込んだ。

「僕はあの時、傲慢で何でも一番にならないと気がすまなかった。子供ながら生意気なガキだったと思う。友達も作らずいつも一人で、他の奴らとは違う選ばれたものなんだって、そればかり思ってた。だから他の奴らを見下していたんだ」

「それで私が腹立って殴っちゃったとか?」

「ハハハハ、違うよ。君は僕を心配したんだ。『トゲを一杯つけたままだと誰も近づけないよ』って」

「それでどうしたの?」

「君は僕にキャンディをくれたんだ。それを食べると優しい気持ちになってトゲが落ちるとか言って。僕はそんなのいらないってムキになって投げ捨てちゃったんだ」

「ひどーい」

「だろ、それなのにその時君は、ニコって笑うんだよ。『楽しかった?』って言って。僕ははっとしたんだ。全然楽しくなかったって。『自分が楽しかったらそれでいいけど、でも楽しくなかったらそれは間違ってる』ってまた君は言ったんだ。僕は今まで意地になって突っ張ってたことが楽しくなかったんだってやっと気がついた。そしたら君の前で泣いちゃったよ。君は僕の手を力いっぱい握って支えてくれた。あのときの君の手は本当に温かかった。暫くそのままで歩いていたら、強情な僕が女の子に泣かされてると思った人が、その時面白半分でこの写真を撮ったんだ。後で笑いものにでもしようとしたんだろうね。でも僕はこの時のお陰で目が覚めた。そして思った。君は僕を救ってくれたんだって。それからさ、君に夢中になったのは」

「私、すっかり忘れてた。そういえば、急にパトリックはしつこく私につきまとったよね。カエル持ってきたときは驚いたし、私に恨みでもあるのかと思ってた」

「ええ、酷いな。あれは君を慕っての行為だったのに。あのカエルなかなか手に入らない珍しい種類だったんだぞ。だから君にあげたかったのに」

「カエルでそんな風に思える訳ないじゃない。だけど私、なんでそんなこと言ったんだろう。でも小さい頃、人の心の色が見えたような気がした。心に傷を負ってたり、悲しんでいる人とか見ると、妙に救ってあげたいとか思ったりしたっけ。今じゃ考えられないかも。私の方が救って欲しい感じだもの」

 パトリックは写真立てをベアトリスから受け取り、すくっと立ち上がると、大事そうに机の上に飾った。

「だから今度は僕がずっと側にいて、君を幸せにするよ」