パトリックはベアトリスに見つからないように壷を後ろに隠し、キッチンに入っていく。

「ベアトリス、玄関で物音がしたんだけど、誰か来たんじゃないの」

 パトリックはベアトリスの気をそらすためによくある嘘をつく。

 不思議そうな顔をしてベアトリスは見に行った。

 その間にとパトリックは壷の水をピッチャーに注ぎ、ベアトリスに絞らせたレモン汁を手早く混ぜ、少量の砂糖を入れてレモネードを作り出した。

 壷はさりげなくキッチンカウンターの隅に置く。

 まったく違和感がない。

 だが玄関を見に行ったベアトリスがすぐに戻ってこなかった。

「嘘なのに、一体何してるんだ」

 パトリックも玄関まで見に行った。

 扉が開いたままでそこにはベアトリスの姿がない。

 慌てて、外へ飛び出すとベアトリスは表庭でじっと一定方向をみていた。

「ベアトリスどうした。本当に誰か来たのか?」

「ううん、なんでもない。私の気のせいだった」

 パトリックはベアトリスの肩に手を置き、二人は家の中へと入っていった。

 その先のブロックの角で、人影らしきものが動いた。

 握りこぶしを作り、何かを殴りたいと震えている。

 感情を飲み込みぐっと堪えると背中を丸めどこかへ去っていった。

 ベアトリスは考え事をしながらテーブルの席に着いた。

 そこに並々注がれたレモネードがどんと置かれた。

 レモネードの入ったグラスを手に取り、ベアトリスは一口飲んだ。

「酸っぱい」

 その酸っぱさが自分の思いと重なり、急にごくごくと飲みだした。

 それは冷たく体に浸透していく。

「おいおい、どうしたんだ。何も一気に飲まなくても」

 普通の飲み物じゃないだけにパトリックは苦笑いになってしまった。

 ベアトリスは焦点を合わせず前を見つめる。

 ──あのときヴィンセントが近くに居たかと思った。そう思ったら体が熱くなって苦しくて…… 

 レモネードの酸味は思いを封じ込めてくれるかのようだった。

 それ以上に自分の大切なものを手の届かないところにしまいこんでいく感じがする。

「ねぇ、このレモネード。何か特別なものが入ってるの?」

 ベアトリスが聞くと、パトリックはドキッとした。

 この時ほどいいジョークが考えられず、パトリックは笑うだけだったが、ベアトリスはじっと空のグラスを見つめていた。

 ヴィンセントは益々遠いところにいってしまう──。

 訳もわからずそんな思いがこみ上げる。

 酸っぱいレモネードの後味は寂しさと悲しさが胸いっぱいに広がった。