選ばれし者。
 それが君だ。

 君の存在は魅力たっぷりに、誰もが君を欲しがる。

 欲望をかきたてられ、その本能のまま醜くくむき出しになろうとも、手段などお構いなしにだ。

 君を手に入れられれば、それはバラ色に全てが輝く。

 君こそわが命。

 必ず君を手に入れる。


 今は何も知らなくていい。

 いや、知らない方が君のためだろう。

 どこまでも自分を殻に閉じ込めて、そこから出てこない方が一番楽だ。

 どんなに周りがうるさくても、君は現実から目を逸らすのが一番似合ってるのかもしれない。


 しかし、そうは簡単にいかないだろう。

 皆、欲望を押さえられずに君の周りが騒がしくなるからだ。


 今、君は何を思う。
 
 君の夢を覗いたよ。


 君は自分の名前は言えても、自分自身が誰だかわかってない。

 夢と現実の狭間。

 鏡と向き合い、目の前に映る自分の姿をひたすら見つめる。
 
 それが歪もうが、消えようが、君はどうすることもできないでいる。
 

 そこは音のない、光も届かない深い海の底のように、冷たく孤独だ。

 でも頭上からは無数に腕が垂れ下がっている。

 助けを差し伸べてるのではない。

 己のためだけに指先がもどかしく、君を掴もうと蠢いているだけだ。
 

 君はそれらを他人事のように何も思わないはずだった。

 だが、その中の一つが一番近く君の頭上に垂れ下がってきてしまった。

 それは赤黒くごつごつとして、その指先の爪が獣のように鋭く尖っている。

 今にも君を捉まえて八つ裂きにしそうに、それは邪悪に恐ろしい腕のはずだ。

 でも君は自らそれに手を伸ばそうとする。


 そろそろ君は今の生活に飽きてきたのかい。

 とうとうその時が来てしまうんだね。


 それじゃ、真紅のバラの花を一つ用意しよう。

 君に捧げるために。

 さあ、覚悟して目覚めるがいい、ベアトリス。