「外側!外側のライン引いて!」

 凛と張りのある声がグラウンドに響く。
 仁科先生は長い腕を更に大きく伸ばして身振りしながら、石灰でラインを引く役員たちに指示を出している。


(声…久しぶりに聞いた)

 ここ数日体育の授業もなかったから。
 あったところでどんな顔して逢えばいいか分からなかったろうけど…


「山本先生ー!」

 先生が山本先生を探して振り向く。


(こっち、向いて…)

 気付いて、私に─


「青海、雑巾持ってっていい?」

「!」

 不意に教室からクラスメイトに呼ばれて慌てて振り返った。

「あっ…い、いいよ」

「サンキュ」


 雑巾のバケツを持った子が教室の中に姿を消して、私はなぜかほっとした。


 こっち、向いて─?

 なんで私、そんなこと思った?


 もう一度グラウンドに眼を遣る。
 プリントを手に他の先生と話をする先生が見えた。
 伸びた背筋、広い肩、精悍な横顔。
 胸がきゅっと痛む。


「す…」

「青海」

「!」


 今度は茉莉ちゃんが窓から顔を出した。


「外、一緒に行こ?」

「あ、あ…うん」


 直ぐに教室に入ろうとすると、

「ちょっと青海」

と茉莉ちゃんに呼び止められた。

「それ、捨てるんじゃないの?」

「え?…あ」

 水の入ったバケツを手にしたままだったことに気付く。


「ふふっ、何やってんの?」

「…ごめん」


 慌てて水を流すと、私は茉莉ちゃんとグラウンドに出ていった。

           *