静かな刻。
 隣には先生。

 ちょっと前はこんな時ここに一人だった。

 今は、いつも先生が隣にいて。


 その度に胸がざわついて。


(…迷惑だよ)


「青海、明日も来る?ここに」

「え…?」

「明日は何にする?」

 そう言って先生はチョコの箱を振ってみせる。


「果物持ってくんのは面倒臭そうだから、バナナチップにでもすっか」

 先生は楽しげな顔をして顎に人差し指を当てている。
 私はその笑顔から眼を逸らす。


「……

 …来ないでよ」

「ん?」

 私の呟きを先生が聞き返した。
 言い直そうとしてつい唇が震える。


「……

 来ないでよ。先生の居場所なんか此処にはない」

「……」


(さすがに怒られるよね…)

 項垂れ、肩に力が入る。
 怒られる、いや、怒って欲しいと思った。


 思ったのに…


「…そっか」

「!」

「お前がその方が良いなら、もう来ないよ」


 先生が立ち上がり、チョコレートの箱をポケットに押し込んだ。


「先戻るな」

 背を向けこちらをちらりと横目で見るその顔は微笑んでいた。


(あ…)

 それが余計私の胸を締め付ける。


「じゃ」

 後ろ手にひらひらと手を振る先生の背中が遠ざかる。
 やがてキィ、と扉の音がして、姿が消えた。

 午後の授業が始まるチャイムが鳴り渡る。


(別に、良かったんだよ、これで)

 姉の代わりに優しくされるなんてもう願い下げだ。

 もう先生がここに来なくたって…


(また、独りになるんだ…)


 元々独りだったんだ。独りが良くてここに来てたんだ。
 寂しくなんてない。

 寂しくなんて、ない。

           *