「行こうか」


 先生の指が離れる。


(あ…)


 その瞬間、僅かな喪失感にも似た疼きが胸の中に生まれたのを感じた。


(もう少しだけ…)

 その小さな温もりを感じていたい…


 直ぐに歩き出せない私に先生が振り向く。


「大丈夫か?」

「…ん」


 俯くように小さくだけ頷いた私の背に先生が手を添えてくれる。


「さっき言ったこと、本気だから。俺で良けりゃいつでも話聞くから。
 青海のこと、守るから」


 背中の掌とその言葉があったかくて、じんわりと胸にまで染みてくる。


 先生に促され大好きな屋上を後にする。
 でも今日は名残惜しいという気にならなかった。



『青海のこと、守るから』─



 その言葉の余韻だけで、もう少しだけのどやかでいられそうな気がしたから─

        *  *  *