ジェスターは、その鮮やかで神秘的な緑玉の瞳を僅かに細め、風穴の入り口の向こうに見える、星屑が降り注ぐ淡い闇の大地を見つめすえた。
 ファルマス・シア・・・・
 それはかつて、遥か400年前の昔、朱き獅子(アーシェ)の一族が暮らしていた土地の現在の総称である。
 まだ、沢山の一族がそこに息づいていた頃、その街は炎の結晶の街(アシェ・ギヴィシム・シア)と呼ばれていたはずだった。
 400年前・・・・・一族から反逆者を出したアーシェ一族は、リタ・メタリカの王宮を自ら退き、アシェ・ギヴィシムの街を捨てて、当時まだ北方の国の属領であった、リタ・メタリカの北にあるランダムルという名の山岳地帯へと移り住んだ。
 その自然の厳しさから、一族の者は一人、また一人と新たな土地を出ていき、やがて、アーシェの血を色濃く残す首長の一族と、僅かな者だけがランダムルの小さな集落に残るだけとなった・・・
 そして・・・今現在、リタ・メタリカに存在するアーシェの者は、もう、ジェスター自身と、あの魔王と呼ばれる青年を残すのみである・・・。
 リタ・メタリカの歴史書に、呪われた一族と書かれたアーシェの一族は、この広大な国に、もうたった二人しかいないのだ・・・。 
 ジェスターは、星屑が降り落ちる、果てしない大地の彼方を見つめたまま、ふと形の良い眉を眉間に寄せ、片手で自らの左胸を押さえた。
 ファルマス・シアに近づくにつれて、朱の衣に隠されている左胸に刻まれたある印が、じりじりと焼け付くように痛みを増していく・・・・
 それは、彼の体に架せられた、禁忌と言われる呪文がざわめき出している証拠であった。
 魔王と呼ばれるあの青年の息の根を止めるまで、決して解かれることの無い、いわば呪いにも等しい強力な呪文。
 厄介な呪いをかけてくれたもんだぜ・・・・バース・・・
 焼け付く痛みに苛(さいな)まれる左胸を押さえたまま、ジェスターは、朱の衣を纏う広い肩で小さくため息をついた。