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 荒野を覆い尽くした黒絹の夜空が、幾千幾万の輝く星々を引き連れて、金色の光を解き放つ、欠けた月が浮かぶ天空を覆い尽くしていた。
 立ち並ぶ低い岩山と、短い草と乾いた土が覆うその土地を、宵辺の風が音も無く通り過ぎていく。
 岩山の下に開いた、さほど広く深くもない風穴の中に、焚き火の音だけが静かに鳴り響いている。
 手を伸ばせば届く距離にあるその入り口から、広大な地平線に降り下りてくる色とりどりの星屑を眺めながら、彼は、両腕を頭の裏で組んだ姿勢で、岩壁に広い背中をもたれかけたまま座り込んでいた。
 その燃え盛る炎のような美しく艶やかな両眼をちらりと、傍らですっかり安らかな寝息を立てているリタ・メタリカの姫君に向けてみる。
 一国の姫でありながら、幾多の戦に出陣していたせいであろうか?彼女は、野営には全く抵抗がないようであった。
 厚手の小さな絨毯の上に横になると、ヤギの毛で折られた上質の毛布をその体にかけて、アッと言う間に寝入ってしまうその神技には、流石の魔法剣士様も唖然とした程だ・・・
 長い睫毛を伏せて安らかな寝顔をする彼女の綺麗な頬に、焚き火の炎に照らされた紺碧色の巻髪がこぼれている。
 「・・・・まったく、ほんとに変わったお姫様だ・・・・・」
 そんな彼女の寝顔を見つめたまま、彼女を王都から連れ出した張本人である魔法剣士ジェスター・ディグは、なにやら呆れたように広い肩をすくめたのだった。
 今、彼の眼前で夢の中に居ようこのリタ・メタリカの第一王女リーヤティアは、ジェスターが自分を此処まで連れてきた理由を、スターレットに会わせるためだと思っているのだろう・・・・
 しかし、そんなつまらない理由で彼女を王都から連れ出すほど、彼はお人好しではない。
 事実、夕刻までファルマス・シアにあったスターレットの気配は、既にそこから遠のいているが、今更、引き返す気など毛頭無いのだ。
 忘却の街(ファルマス・シア)と呼ばれる地には、彼しか入ることのできない、ある場所がある・・・・
 そこにこのリタ・メタリカの姫君を連れて行くのが、本来の目的・・・そして、彼自身、どうしても立ち寄らねばならぬ場所もまた、その地にはある・・・・