神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

『サリオ、出てきていいぞ!』
 その言葉は、瞬時に風に運ばれて、深い森のどこかにいるであろう、あの妖精の少女の耳に届いたはずだ。
 僅かな時間が過ぎた時、不意に、森の木々がざわめいて、緑に萌える草木の合間から、エメラルドグリーンの髪を持つ可愛らしい妖精の少女が、一頭の黒馬の手綱を引いた姿でゆっくりとその場に現れたのだった。
『シルバ!よかった!心配してた!』
 鼻を鳴らす馬の首を撫でながら、白銀の森の女王の娘サリオ・リリスは、シルバの隣に歩み寄りながらくったくなく微笑んだのだった。
 そんな彼女の姿に、リューンダイルは、僅かばかり驚いた様子で低く声を上げるのである。
『おぉ・・・そのお方は・・・!?もしや、ディアネテル様のご息女か?』
 サリオは、馬の手綱をシルバの手に渡しながら、その虹色の瞳で、リューインダイルの方をゆっくりと振り返ったのだった。
『はい、青珠の守護者様・・・サリオ・リリスと申します』 
 あどけなく微笑んだ彼女のエメラルドグリーンの髪を、透明な風の両手が浚って通り過ぎていく。
 シルバは、そんな彼女の顔を横目で見やり、ふと、その深き地中に眠る紫水晶のような右目を、先程から、無言のまま憮然とこちらを見つめている、青珠の森の美しき弓士レダ・アイリアスに向けたのだった。
 揺れる前髪の下で、未だに深い憎しみを宿したままの鮮やかな紅色の瞳が、激しい敵意を持ち、爛と輝きながらシルバの端正な顔を凝視している。
「・・・・・・・・」
 緑の木々をざわりと揺らして、カルダタス山脈からの冷たい風が、シルバの漆黒の髪と純白のマントを虚空に乱舞させた。
 その透明な風の両手は、レダの藍に輝く艶やかな黒髪をもさらって、深い森の中へと消えていく。
 澄んだ紫色の右目を僅かに細めた彼の脳裏に、確かに蘇る、遠い夕闇の記憶。
 リタ・メタリカとフレドリック・ルードの国境の森で遭遇した父子が、確かにいたはずだ・・・・
 そうか・・・・あの時の・・・・・