神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

 遠い記憶の中で、鮮血に染まった剣を下ろしたその少年の向こう側には、優しかったはずの父親が、首を落とされた無残な姿で地面に横たわっている・・・・。
 忘れるはずもない、それは、夕闇に暮れかける西の空が、不吉な程に赤く輝いていた日の事だった。
 その前後の記憶は、何故か抜け落ちたように彼女の記憶から忘れ去られている・・・。
 しかし、今も鮮やかに脳裏を過ぎるその光景は、確かに父が死んだあの日の光景であった。
 彼女の悲鳴に振り返ったその少年の頬には、父の体から飛び散ったものであろう鮮血の斑点が描かれており、ただ、細められた紫色の隻眼と、鮮やかな茜色の空の輝きが、生々しいほどに鮮明に蘇る。
「おまえ・・・・おまえは・・・・あの時の!?七年前・・・・私の父を殺したあの剣士ではないのか・・・・・!!?」
 甘い色香の漂う桜色の唇で叫ぶように紡がれたのは、やはりフレドリック・ルードの言語であった。
 爛と輝いた紅の両眼が、みるみる憎しみに満ち溢れていく。
 彼女の手に構えられた弓に、にわかに、青い閃光の矢が輝くように出現した。
 透明な青い弓弦(ゆんづる)が、軋む音を立てて一杯に引かれる。
 シルバは、形の良い眉を僅かに眉間に寄せると、閃光の矢が結ぶ鋭利な切っ先に臆す様子もなく、ただ、紫水晶の右目を細めただけで、身動(みじろ)ぎもせず、秀麗な顔を憎しみに満たした、美しい青珠の森の弓士を見つめすえるばかりであった。
 深い森の最中に、緊迫の糸が張り詰めた時、不意に、ざわめく木々の合間から、弓弦を引き絞ったレダに、誰かが声をかけてきた。
『レダ、その者はそなたの敵ではない・・・・弓を下ろせ』
 静かな口調で紡がれる、古の言語。
 同時に、高い木の枝から、一匹の青い豹が、音もなく地面に着地してくる。
 それは、レダと同じ、青珠の森の守り手たる魔豹、リューインダイルであった。
 リューインダイルは、静かな口調のまま、言葉を続ける。
『いくらそなたでも、その者には勝てまい・・・その前に、その者はそなたの同朋たる者だ・・・・討つ者が違う』
 その言葉に、鮮やかな紅の瞳を細めると、レダは、ゆっくりと構えた弓を下ろした。