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 その城は、深く黒い闇の結界により強固に守られていた。
 外界から迫り来るありとあらゆる脅威を防ぐために、昼も夜もなく、暗黒の闇と静寂なる空間に閉ざされたまま、ただ凄然とそこに佇んでいる。
 音もない、光もない、ただ、大いなる静寂だけが支配するその城の一室・・・・
赤い鮮血が点々と床にまだらの斑点を描き、その先の壁際には、端正な顔をどこか苦痛に歪めた黒衣の青年の姿があった。
煌々(こうこう)と揺れる松明(たいまつ)の火に照らし出され、壁にもたれかかるようにして、彼の体は静かに床に滑り落ちていく。
深い藍色の長い髪が黒衣の肩に広がった。
冷たい刃のような輝きを宿す鮮やかな緑の瞳が、ちらりと、その腕の中で長い睫毛を閉じている美麗な女性の顔を見る。
古の言語を用いて、彼は彼女の名前を呼んだ。
『レイノーラ・・・・・目を醒ませ、私だ、ラグナだ』
その静かな声が、部屋の中にこだました時、ラレンシェイと言う名であるはずの美麗なその女性は、ゆっくりと睫毛を揺らして、その瞳を開いたのである。
不意に、そのなだらかな額に紫色の炎が浮かび、それは、一瞬激しく発光すると、闇の者を表す炎の烙印となって彼女の額に浮かび上がった。
見事な赤毛であったはずの艶(つや)やかな髪が、その根元から闇の色を移したような漆黒に変わり果てていく。
紫色に輝く炎の烙印をその額に刻んだ彼女が、今、大きく瞳を見開いた。
茶色であった瞳の色さえ、いまや、青玉のような深い青へと変化し、彼女は、無表情のままゆっくりと、自分の名を呼んだ黒衣の青年にその視線を向けたのである。
そして、何かに気付いたようにハッとその肩を震わせた。
『ラグナ!』
魔王と呼ばれたその青年の名を呼ぶと、にわかに彼女の美麗な顔に嬉々と表情が浮かんだ。
しなやかな肢体をゆるやかに起こすと、彼の体に取りすがり、彼女は、その妖艶な唇で古の言語を紡いだのである。
『お会いしたかった・・・・どうなされました?そのお怪我は?』
『そなたの憑(よりまし)に付けられたものだ、あんずるな、すぐに塞がる』
魔王と呼ばれた青年ゼラキエルは、薄く笑ってそう言うと、冷酷な光を宿す鮮やかな緑の瞳で、真っ直ぐに、ラレンシェイの・・・いや、炎の烙印を受けレイノーラという名の魔性に変わった彼女の美麗な顔を見たのだった。