神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

 刹那、驚愕と戸惑いで髪を振り乱し、赤い瞳を歪めて叫んだイリーネの元へと、彼は、躊躇うことなく俊足で駆け出していく。
 いや、躊躇うことなどできない。
 一度魔に落ち、その体から赤い血を失った者を、再び人間に戻すことは、どんな強力な魔力を持つ者でも不可能だ・・・・
 情をかけて逃せば、また多大な犠牲を増やすだけ。
 例えそれが、愛する者であっても、魔に落ちた者は斬るしかない。
 そう、それが、その者を救う、唯一の手立てであるのだから・・・・
 爛と輝く緑玉の瞳が、大きく目を見開いたイリーネの顔を真っ向から見つめすえた。
「『アクス・エリヤード(紅い閃光の矢)』!!」
 彼の唇が呪文を紡ぎ出すと、振りかざした金色の大剣、妖の剣アクトレイドスの金色の刀身が、果てしない黄金の輝きを解き放った。
 触手のように伸び上がるその光が、ジェスターの肢体に絡み付き、翻され赤い炎の斬撃が、煌々と輝く火矢のような弧を描いて、取り乱すイリーネの肩を一瞬にして捕らえたのである。
「あああぁぁああ―――――――っ!!?」
 泣き叫ぶような咆哮が森の最中にこだまし、赤い焔(ほむら)を上げるアクトレイドスの炎の斬撃が、鋭い音を立ててその肩から腰までを一気に斬り下ろしたのだった。
 鈍く重い衝撃が、妖剣を握る彼の腕へと伝わってくる。
 アクトレイドスの金色の刀身が吹き上げる深紅の炎が、魔に落ちた愛しい人の体を包み込んで、虚空に大きく伸び上がった。
「ギャアアアア―――――っ!!」

アラン・・・・ずっと傍にいて・・・・・・ずっと・・・アランデューク・・・・

 地獄の底から響くような断末魔の叫びの中、以前のように、甘く優しく、彼の名を呼ぶ彼女の声を、微かに聞いた気がした。