神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

 轟音と共に地面から吹き上がった深紅の炎が、リーヤの眼前に立ち昇り、豪速で落下してくるイリーネの鍵爪を一瞬にして飲み込んだのだった。
「ああああ―――――っ!!」
 紅蓮に燃える灼熱の炎が、魔物と化した黒いイリーネの腕を覆い尽くし、苦痛に悲鳴を上げた彼女は、そのまま黒い翼を翻し虚空へと舞い戻っていく。
 禍々しく輝く赤い瞳が、憤怒に閃いたまま、紫の衣の長い裾を翻しリーヤを背にかばうように立った、鋭く厳(いかめ)しいジェスターの端正な顔を睨みつける。
「そんなに!そんなにその女を守りたいの!?貴方は!!?」
「ああ・・・・それが俺の役目だ」
 低く響く強い声でそう言ったジェスターに向かって、イリーネの黒い翼が豪速で虚空から落下してくる。
 しかし、彼は、身動ぎもせず、妖の剣を構えることもせず、ただ、揺れる見事な栗毛の下で鋭利に緑玉の瞳を細めたまま、魔物に成り果てた、かつての愛しい想い人を真っ向から見つめすえたのだった。
 ジェスターに向かって伸ばされた鋭く輝く黒き鍵爪の切っ先が、臆すことも躊躇うこともなく、凛々しく立つ彼の胸を狙って迫り来る。
「何をするつもりです!?ジェスタ―――――っ!?」
「やめて―――――っ!!姉さ―――――んっ!!」
 大きく両目を見開いて驚愕の叫びを上げるリーヤの声と、その後方で慌てて身を起こしたへディートの叫びが重なった。
 森の木々を揺らして渡る風の精霊が、高い警告の声を上げる。
 次の瞬間、鈍い音を立てて、鋭く黒い三本の鍵爪が、紫の衣を纏うジェスターの胸に深く突き刺さったのである。
 揺れる見事な栗毛の髪が、吹き付ける風に煽られて虚空に乱舞し、同時に、弾け飛んだ鮮血が地面の草を鮮やかな紅に染め上げていった。
 その胸を突き通したまま動きを止めた黒い鍵爪。
 にわかに、ジェスターの鮮やかな緑玉の両眼が、焼け付くような激しいその痛みに歪んだ。