神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

「あぁっ!?」
 赤い鮮血が虚空に舞い飛び、思わず剣を取り落としたリーヤは、その激痛に耐えかねて地面の上へと転がった。
 イリーネの赤い瞳が邪に歪められ、その唇が、実に嬉しそうに艶やかに微笑んだのである。
「リタ・メタリカの姫の血は・・・・とても芳しいのね・・・・その心臓は、きっと美味でしょう」
 もはやそれは、以前のしとやかで清楚な彼女ではなかった。
 闇に身を委ね自ら魔に落ちた人間は、こうも邪悪に成りうるのかと、リーヤは、思わず、嫌悪にその身をぶるりと震わせた。
 しかし、強い風の中に立つ花のように凛とした強い紺碧色の眼差しは、真っ向から、邪に笑うイリーネの顔を睨み据えるばかりである。
「貴女は間違っています!!こんな事をして、それで貴女の心は満たされるのですか!?目を覚ましなさい!!」
「黙れ!!貴女にわかるはずもない!!
 私がどれほどあの人を思い慕ったか!!待って待って待ち焦がれて、出会った時には傍に別な女がいた!!貴女さえいなければ!!」
 爛と輝く禍々しい赤の瞳はとめどない憎しみに支配され、憤怒に歪む恐ろしいその形相はすでに正気を失っている。
 紺碧色の艶やかな巻髪を乱舞させて、リーヤは、跳ねるように立ち上がると、素早く剣を拾い上げ、間髪入れずに地面を蹴りしなやかにその手首を翻した。
 閃光の帯を引く迅速(はや)い斬撃が、ふわりと地面に舞い降りるイリーネを狙って迅速で空を切り裂く。
 鋭い痛みに秀麗な顔をしかめつつ、鮮血を飛び散らせながら繰り出されたその一線を、魔物であるイリーネの体は、ふわりと宙を舞い、いともたやすく退いてしまう。