神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

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 優美な旋律と共に、月明かりだけが照らし出す森の最中に、美しきジプシーの踊り子のどこか悲しげな響きを持つ、澄み渡る歌声がこだましていた。
 リタ・メタリカに古くから伝わるこの唄は、400年前、魔王と呼ばれる者の起こした戦の影で散った、悲恋を歌ったものだと伝え聞いている。
 リタ・メタリカの王女であったエスターシアと、魔王の弟オルトランに仕えていたアーシェ一族の魔法剣士イグレシオ。
 結ばれぬと知りながらも愛し合うが、それを妬んだ者の策略により、身を呈して王家を守ったにもかかわらず、イグレシオは、反逆者としてその首を落とされてしまう・・・・
 嘆き悲しんだエスターシアは、イグレシオの首を抱きながら、冬に咲くひなげしの花になったと、吟遊詩人たちは後世に伝えた。
 リタ・メタリカの姫君と、アーシェ一族の魔法剣士・・・・・
 皮肉なことに、それはまるで、彼女、ジプシーの美しき踊り子イリーネ・アデルが、その胸の奥でずっと思い続けてきたあの異形の瞳の青年と、彼が連れた、勇ましくも秀麗なあの姫君と、同じ立場ではないか。
 イリーネは、夜の静寂の中に膝を抱え、大きな木の幹にもたれかかりながら、夜風にざわめく森の木々の合間から天空の薄い月を見つめていた。
 憂いを含んだその茶色の瞳が、悲しみの涙で今なお潤んでいる。
 彼は、本気であんなことを言ったのであろうか・・・・?

~ もう、忘れろ・・・・
 
 ならば彼は、もう、自分の事など忘れてしまったのであろうか?
 幼い頃、ジプシーの長旅から故郷であるエトワーム・オリアに戻る度、賢者の丘と呼ばれたあの小高い丘を息を切らせて昇っていった・・・・
 あの頃のように、彼は自分に笑いかけてはくれなかった。
 初めて抱き合ったあの日のように、肩を抱いて接吻(くちづけ)してくれることもなかった。