神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

「どこまで性の悪い魔物なんだ・・・・この魔物は!!」
 左右に頭を振りながら、ゆっくりと身をもたげたその美麗な顔に、先程までとは全く違う、気丈で強い表情が現れてきた。
 それが、本来の彼女の姿、海を隔てた隣国の勇ましい女剣士ラレンシェイ・ラージェの姿であるのだった。
「悪趣味な奴め・・・・!」
 そんな悪態をつきながら、頬にかかった髪をかきあげて、ラレンシェイは、凛とした茶色の両眼を細め、ぐるりと、暗い室内を見回したのである。
 だが、武器になりそうなものは何も無い。
 一刻も早くこの不気味な城を出なければ、いずれ自分は、この性悪な女妖に同化してしまうのだろう・・・
 この城を何とか抜け出せれば、あの雅なロータスの大魔法使いの元へ行けるはず・・・恐らく彼は、この奇妙な城の近くにいるはずだ・・・
 別に、確信があるわけではない・・・ただ、漠然とそう感じただけである。
 抗(あらが)う女妖の意識を抑えつけながらも、以前と変わらぬ強い表情で美麗な顔を引き締めると、ラレンシェイは、ドレスの裾をうっとうしそうに持ち上げ、部屋の扉を押し開けたのだった。
 松明(たいまつ)だけが照らし出す薄暗い廊下へ出た彼女は、その不気味で邪な空気が立ちこめる空間を階下に向かって駆け出したのである。
 黒い髪がその肩で軽やかに弾み、背筋が寒くなるほどの冷たい静寂が包み込む虚空に乱舞する。
 長い廊下を俊足で駆け抜ける彼女の脳裏には、何故か、あの大魔法使いたる青年の雅やかで秀麗な顔が浮かんできていた。
 あの青年なら、確実に自分に憑ついたあの女妖を引き剥がしてくれるはずだ・・・。
 まだ、希望は残っている。
 長い螺旋階段を、飛び降りるように階下へと駆け抜けて、ラレンシェイは、一際大きな広間に辿りついた。