神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

     *
 あの日、降り始めた土砂降りの雨の中、美しいその少女は、ゆっくりと伸ばした暖かな両腕で、何をも語らぬまま、悲哀にうなだれている冷え切った少年の体を、静かに抱きしめたのだった・・・・
 紅の鮮血が滴り落ちる金色の妖剣を利き手に握ったまま、身動(みじろ)ぎもせずに、激しいの雨粒の中に佇む少年の姿。
 それは、身を引き裂くような悲しみと孤独にひたすら耐えているかのように、少女の茶色の瞳には映っていた・・・・
 見事な栗毛の長い髪が雨の雫を滴らせながら、青ざめた彼の頬に張り付いている。
 その時初めて、少年は、押し殺した声で、呟くように言ったのである。
「バースが・・・・死んだ・・・・・」
「・・・・え?」
 僅かに驚愕した彼女の顔を見ることもなく、彼は、奥歯を噛みしめながら、言葉を続けた。
「俺が・・・・・殺した・・・・・・・・」
「・・・アランデューク・・・・・!?」
「・・・・その名で俺を呼ぶな・・・・・・・呼ばないでくれ・・・・イリーネ」
 その言葉に、小さく肩を振わせると、少女は、切なそうに茶色の瞳を潤ませて、しなやかな指先で、彼の頬に張り付いたままの栗毛の髪を払いのけたのである。
 差し伸ばした両手で、うつむいたままでいる少年の頬を優しく包み込むと、彼女は、冷たいその唇にそっと接吻(くちづけ)した・・・
 閃いた紫色の雷光が、暗い天空を切り裂くように駆け抜けていく。
 招き入れた小さな家の粗末な暖炉に火をくべて、その傍らで寄り添いながら、彼女は、濡れた栗色の前髪から覗く、深く傷ついたままの鮮やかな緑玉の瞳を見つめすえた。
 何も語らず、悲しみと悔しさに翳る呆然としたその表情に、ひどく心が痛んだ。