神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>

 パルヴィスの両眼は、先程から落ち着き無くふらふらと宙を漂うばかりである。
「はいはい、あんたもさっさと出ておいきよ、姫君は湯浴(ゆあ)みの準備をなさるんだからさ!」
 椅子に座ったままでいるリーヤの背後から、パルヴィスの妻たるメテリの張りのある元気な声が響いてきて、彼は、ハッと肩を震わせると慌てて戸口に走り込んだのだった。
 そして、「ごゆっくりと」と言う言葉と共に、扉の向こうへといそいそと姿を消してしまったのである。
 リタ・メタリカの勇ましい姫君は、威勢良く閉まった部屋の扉を眺め、再び可笑しそうに笑った。
「騒々しくて、落ち着きませんでしょう?すいませんね・・・・」
 その余りの愉快さに、肩を小刻みに震わせた彼女の背後から、メテリの申し訳なさそうな声が響いてくる。
 その言葉に、リーヤは、ゆっくりと後ろを振り返ると、手に櫛を持ったまま、困ったように眉間にしわを寄せるメテリに、三度、微笑して見せたのだった。
「いえ、賑やかで楽しいではないですか?」
「そうでございますか?それならばいいのですが・・・・
まさか、こんな所でリタ・メタリカの姫君にお会いできるなんて、思ってもいませんでしたから・・・・・今宵は、本当に、ありがとうございました・・・お陰で、皆命拾いしました」
 メテリは、どこかほっとしたように大きくため息をつくと、きちんと結い上げられていたリーヤの紺碧色の髪から、金の髪留めを丁寧に外したのだった。
 輝くような艶を持つ長い巻髪が、高貴な姫君の肩にふんわりと広がる。
 美しいその髪に優しく櫛を入れながら、メテリは、申し訳なさそうな口調で言葉を続けた。