『さて、急ぐとするか、レダ?レイルの命が危うい、早く森へ戻らねばな』
 リューインダイルのその言葉に、レダは、秀麗な顔を凛と強く引き締めると、藍に輝く黒い髪を疾風に棚引かせて、無言のまま小さく頷いたのだった。
 そして、集落の入り口へと歩み出した彼女の鮮やかな紅の瞳は、決して、白銀の守り手たるシルバの方を向くことはない。
 彼女の態度は、相変わらずだった。
 ゆるやかに遠ざかって行く、彼女のしなやかな背中を見やっていたリューインダイルが、僅かに潜めた声で、変わりなく冷静な表情のシルバに言った。
『レダは・・・本当に腕の良い弓士だ・・・・・だが、憎しみにその身を窶し過ぎている・・・・それは決して、レダにとって幸福なことではないのだ・・・・
あの憎しみの炎をレダの中から消せるのは・・・・憎しみを作ったそなたしか、いないのかもしれぬ・・・・・・・・シルバ』
 『・・・それはどうかな?彼女は頑固そうだからな』
 どこか困ったような、どこか可笑(おか)しそうな、そんな複雑な表情でそう言ったシルバが、純白のマントを翻しながら、片手を白銀の剣に置いた姿勢で、ゆっくりと歩き出す。
 それを追うように、リューインダイルの四本の足もまた、足音も立てずに歩き出したのだった。
 『・・・・いや、そなたしかおらぬのだ、恐らくな』
 カルダタスの高峰から吹き付ける冷たい風に、実に意味深なリューインダイルの声が舞い散った。
 天空に輝く太陽の断片が、虚空を渡る風の精霊の不穏な歌声の最中に乱舞する。
 この晴れ渡る空の向こう側に、一体、何が待ち受けているかは、例え魔法を司る者であろうと、知る由もない・・・・