しかし、エルハムの部屋に戻り、彼女に裁縫セットを渡した時だった。
 彼女がまた大切そうにハンカチを持っているのが目に入った。
 それを見て、ミツキは思わず口を開いてしまった。


 「また、刺繍してるんだな。」
 「プレゼント用なんだ。」
 「…………。」


 エルハムは、ニッコリと幸せそうに笑ったのだ。
 あんなにも傷つき、不安そうにしていたのに、セリムの話になると、こんな風に笑うのか。そんな風に思うと、何故か悔しくて仕方がなかった。
 
 そんな時に、エルハムがミツキの指先の気づいた。そして、心配そうにしながら、「傷に悪い物が入らないようにしないと。」と、自分に手を伸ばしてきた。

 この傷の理由をまだ知られたくなかった。
 それに、セリムを大切にしている彼女に対するモヤモヤとした気持ちが、ミツキを動かした。


 「………大丈夫だ。」


 そう言って、エルハムが触れるのを拒んだのだ。
 大切な男がいるならば、触れるな。 
 そんな気持ちだったのかもしれない。ただ勝手に彼女の思いを想像し、勝手に苛立っている。
 そんなバカな自分にも、ミツキはイライラした。

 何故こんな異世界の女一人に固持しているのか、と。


 ミツキに避けられたエルハムは驚き、そして悲しく傷ついた顔をしていた。
 初めて会った時に彼女を叩いた時でさえ、そんな表情ではなかった。

 自分が彼女を悲しませ、傷つけた。
 ミツキはそんなエルハムの表情を見たくなく、逃げるように部屋から去った。


 扉から出た瞬間、ミツキはため息をついた。
 

 「俺は………何をやっているんだ。」


 その呟きは、広い廊下に静かに響き、誰に聞かれる事もなく消えた。