小さかったはずの彼は、あっという間に大きくなり、エルハムを軽々と持ち上げている。騎士団で更に鍛えられた体と、異国から来たシトロンでは珍しいミステリアスな容姿。
 性格もよく、真面目で強い彼を周りの女の子が放っておくはずがないのだ。
 きっと言い寄られる事も多いはずだ。

 そんな事を考えると、エルハムは切なくなるだけだった。
 お別れする事になる可能性は、ニホンに帰ってしまうだけではないのだと、エルハムは今さら気づいたのだった。

 ミツキを見るのが辛くなり、顔を下に背けると、ミツキはようやくエルハムが起きたことに気づいたようだった。


 「姫様。お目覚めですか。」
 「………うん。」
 「裁縫中に寝てしまうなんて、針が刺さっては大変です。お気をつけください。」
 「そうね。……ごめんなさい。」
 「それと、ニホンゴを教えるお約束をしていたので、探しました。」
 「私も探したわ。でも見つからなかったから、諦めてしまったの。」

 
 ミツキは苦笑しながら、「すみませんでした。」と笑うだけで理由は教えてはくれなかった。あの使用人とは何を話していたの?いつ仲良くなったの?そんな事を聞きたくても、聞ける事もなく、エルハムは彼の顔を見れずに視線を逸らす事しか出来なかった。


 「姫様、どうしました?………体調が悪いのですか?」
 「違うわ。何でもないの。」
 「では、何故こちらを見ないのですか?」
 「…………約束を忘れてるからよ。」
 「………ニホンゴの勉強は忘れてなど……。」
 「2人きりになったら、丁寧な言葉を使わない約束でしょう?」


 エルハムは、下から睨み付けるように彼を見つめた。けれど、自分からそんな事を言うのはだだをこねている子どものようで、恥ずかしくなり自然と顔が赤くなってしまう。

 そんなエルハムを見て、ミツキはきょとんとした後、クククッと笑ったのだ。
 

 「な、何で笑うの?」
 「…………ここは城の廊下だ。誰かに聞かれたら困るのはエルハムだろう?2人きりっていうのは、部屋に入ったときの事だと思ってた。」
 「……今みたいに小さな声で話せば、何を話しているか、誰にもわからないじゃない。」
 

 まだミツキを目を細めて睨むエルハムを宥めるように「わかった。今だけだからな。」と言って笑った。
 自分を軽々と持ち上げ、そして怒っているエルハムを余裕な様子で慰める彼は、本当に年下に見えなくて、エルハムは悔しくなってしまうのだった。