エルハムは時間を見つけてはセイの部屋の前を訪れて、ドアの前に座り込んではお話しをしたり、自分のお気に入りの本を読んで聞かせた。それに、ミツキに聞いたニホンの話したりしていた。いずれも、エルハムの一方通行であり、ただエルハムがしゃべり続けているだけで彼女からの返事はないのだ。
 けれど、それを止めてと言われないのだから、セイは嫌がってはいないのだろう。と、エルハムは前向きに捉えてそれを続けていた。


 「今日はね、ここで私も刺繍をしようと思ってるの。デザインは考えてあるのよ。セリムはね、今シトロンの町の人達が安心して暮らせるように、毎日頑張ってくれてるの。もちろん、騎士団の皆なんだけど、夜中まで何かしているみたいで、部屋の灯りが灯っているのを何回も見ているの。……それなのに、朝起きるのは私より早いのよ。だから、彼に何かお礼をしたくって。男の人は刺繍したものなんて嫌いかしら?」
 「………………。」
 「でも、気持ちが大切よね。」


 そう言いながら、エルハムはハンカチサイズの布に糸を通した針を刺していく。針が布を刺す音、糸が通る音、そしてエルハムの呼吸だけが聞こえる静かな空間。
 先ほどまでモヤモヤとしていた気持ちも、この集中する時だけは忘れられた。


 部屋からは物音一つしない。セイは寝てしまっているのだろうか。
 それとも、エルハムと同じように刺繍をしているのか。………泣いているのか。
 エルハムにはわかなかったけれど、出来るだけ彼女と一緒の時間を共有したいと思ったのだ。
 ほんの少しだけでいいから、楽しいと思って欲しい。未来で楽しみを作りながら生きて欲しい。
 また、笑顔で「エルハム様。」と呼んで、何でもない話しをして欲しい。




 エルハムは、ミツキの次に彼女を信じる事にしたのだ。


 彼女がまた、笑顔を見せて煉瓦道が美しい城下町で暮らす未来を信じて待っている事にした。